トッドFIA会長、シューマッハーのエピソード語る「彼のことが恋しい」
FIAは、モータースポーツ界の偉人を称えるための”殿堂”制度を導入。その式典でFIA会長のトッドは、シューマッハーの意外なエピソードを語った。
FIAは他のスポーツで使われているアイデアを採り入れ、33人の世界チャンピオンの”殿堂入り”を新たに発表した。月曜日にその式典がパリで行われ、FIA会長のジャン・トッドが出席。会場に来ることができなかった偉大なチャンピオンであるミハエル・シューマッハーの、意外なエピソードを明かした。
シューマッハーは2013年にスキー場で負った怪我から回復できておらず、会場には彼のマネージャーであるサビーネ・ケームが訪れた。
トッド会長は、シューマッハーがフェラーリで2000年から2004年まで5年連続でチャンピオンに輝いた黄金時代のチームマネージャーだった。
トッドはシューマッハーと過ごした時の、印象的なエピソードを2つ明かした。1つ目は2000年の日本GP、フェラーリでの初タイトルを獲得した時。2つ目はその冬、彼がプライベートテスト実施を頼んできた時のことだ。
「彼がフェラーリでドライブしていた時のことを思い出し、2つのエピソードを話そう」
「2000年、フェラーリはミハエルと共にチャンピオンになった。(1979年にジョディ・シェクターがドライバーズチャンピオンになってから)21年ぶりのことだった」
「私は彼を(鈴鹿の)表彰台に連れて行った。そして、私は彼に言ったんだ。我々のレース人生の中で、決して同じ時は訪れないと。鈴鹿にいたあの日、あの瞬間が私のキャリアで最も強かった瞬間だ」
「もうひとつのエピソードは、2000年のシーズンをチャンピオンとして終えた後、2001年のシーズンをスタートする時のことだ。彼はためらいながら、私にお願いをしに来たんだ。彼は傲慢な男に見えるかもしれないが、本当はシャイな男なんだ」
「彼は私に、こう頼んできたんだ。”自分がまだドライブできるかを確かめるために、フィオラノでテストをさせてもらってもいいか?”とね。彼は自分が素晴らしいドライバーなのかどうか、常に疑問でいっぱいだった。彼はテストを行い、それほど悪くはないことを確認していた」
その後、2001年開幕戦オーストラリアGPの記者会見で、シューマッハーは「これ以上ドライバーとして成長することはないと思う。これから先も勝てるとすれば、それはフェラーリが進化したということだ」と発言している。
シューマッハーが恋しい
トッドは、シューマッハーが殿堂入りの式典を欠席したことで誰もが感じたように、彼が負傷から完全に回復するために、まだ戦っていることは明らかだと語った。
「ミハエルが恋しい」
「彼は、まだ戦っている。彼の家族のビジネスを運営しているサビーネがここに来てくれて嬉しい。(息子の)ミックにも来てもらいたかったが、スペインでテストがあり、彼の妻のコリーナはアメリカにいる」
「戦いは続いているんだ。ミハエルはとても特別な人で、モータースポーツにとって特別な存在なんだ。彼は私にとっても大事な存在で、友人だ」
シューマッハーの代わりに殿堂入りの式典に参加したケームは次のように述べた。
「今回、ミハエルの代理としての出席となり、私には荷が重いです。私たちはみな、ミハエルがここに居るべきだと思っています。そして、彼もここに居たかっただろうと確信しています」
「彼は、ここに居る全員に対して最高の敬意を払っていました。ジャンにとって、どれほど重要な友人であるかも知っています。彼は殿堂入りを光栄に思うでしょう。彼が殿堂入りするほどの功績を残したことを誇りに思っていると、私は確信しています」
「彼がこれほど特別な存在になったのは、鍛練だけの結果だとは思いません。私は、彼を大成功に導いたのは周囲のみんなへの愛と思いやり、そしてこのスポーツへの愛と情熱だったのだと思います」
