必要とされないことに耐えられなくなることがある。
相手はそんな風には思っていないのかもしれないが、年齢を重ねると、
僻み根性なのか、そう感じることが時々ある。
いつも「オレが居なくても、ことが回るように」と叱咤し、そのために細部にわたって教えてきた。
本来なら喜ぶべきことなのに、一抹の寂しさを感じる。
物事を決定するのに意見を聞かれない、もしくは自分の知らないうちに物事が決定してしまう。
例え、それが間違っている(少なくとも自分ではそう思う)決定であっても、
意見を述べる権限も場所もなくなっている。
さらに、以前から約束していたものが、簡単に反故されてしまう。
やはり男には金と権力が必要なんだということがわかる。
性格がいい、人間味がある、自分はそうではないがイケメンであるなんてことは関係ないようだ。
もう少し、権力に固執すべきだったと思う。
技術者として入社し、自分の研究開発したもので使う人の喜ぶ顔が唯一の喜びであり、誇りだった。
同志のようにさえ感じた。
自分の思いの沢山詰まった製品を喜んでくれる。こんな幸せなことはなかった。
私はやりたいことを、やりたいようにやって、それらを製品にぶち込んだ。
しかし、「やりたいように」がだんだんとできなくなってきた。
「やりたいこと」を出来る手段を探してみるものの、もうときは遅かったようだ。
「やりたいように」は、与えられるものではなく、自分で手に入れるべきものだった。
若い頃からもう少し権力に固執し、今の自分に自己実現の機会を増やしてあげたかった。