昨日、褒められるのが苦手って記事を書きました。
そこに至ったのは、ナリ心理学の母親系ブログを読み漁っていたから…。
↑いろいろ読んだけど途中で疲れて、とりあえず「褒められたい」という気持ちを発見したので止めた。
褒められたかったなー。と思ったので、とりあえず自分で自分をほめるようにしようって決めたのだけど…。
やっぱりコレ、母に伝えてみるところーーー???
と思ったので、えいやーーっとLINE(笑)
何て言われるかな…なんて思われるかな…ハラハラ…まぁいいや。と放置…
本当は、「わたしのこと好き?」って聞くところなんかなって思った。
でも、数日前に電話したときに、それは聞く必要ないと感じたのです。
なんかわたしは十分に愛されてるわって実感した。
そのうえで、「愛されてる」けど「信頼されてない」という状態があるということを読んで
信頼されてないというよりは…ほったらかされすぎて寂しいなと思ったんで(長女ですし)
「褒めて」ってお願いしてみました…。
結果
「娘ちゃんを一生懸命育てているよね!
」
褒めてくれました(*ノωノ)
そして褒め返し(笑)
褒められて気づいたことは………
わたし褒められてたわ!!!
ただ受け取れてなかっただけだった!!!
そう気づいたら、いろいろ出てくる褒められた記憶。
・寝返りしたとか
・歩いたとか
・おしゃべりできたとか
・いい点数取ってきたとかはもちろんだし
・部活で県大会に出たとき、保護者で応援に来てくれたのうちの母ともう一人だったw
・羨まれるから成績のことは友達のお母さんには話せないとぼやいていたし
なんだ褒められてたのか…
じゃあ、いつから受け取るのをやめたのか??
これは、なんとなく感じたことなのですが。
2,3歳とかほんとにちっちゃいとき、同じことをしていても親が笑ってくれるときもあれば怒られるときもあった。
いったいどっちなんだ?小さいからわからないんですね。
どっちかというと怒られるほうがいやだから、もし、何かやって喜んでくれても
これはもしかしたら嘘かもしれないぞ。
と思うようになった。
だから、褒められたとしても
今は褒められているけど、次は怒られるかもしれないから
これで良しとは思ってはいけない!
もっと、うまくできるようにならなくちゃ
もっと、お利口にならなくちゃ…
そうやって、褒め言葉や笑顔を受け取らなくなっていった…ような。
じゃあ、親があるときは笑ってあるときは怒ったのは、なぜなのか?
それは、
親も完璧な人間ではないから!間違うから!
気分で判断するときもあるから!!
うちの母に限ったことでいえば
あんま深く考えてない(だろう)から!!!!
例えばですね、わたしが「わからない」と言ったときは
自分の知識と記憶のなかをすべてチェックして
自分の感覚をしっかり感じて、もし調べられるものならば調べて
それでもわからなかったときに、「わからない」というわけです。
それは子どものころも同じで、わからないものはわかるまで調べていました。
しかしうちの母、簡単に「お母さんはわからない」とかいうわけです。
子どもにしたら「大人のお母さんがわからないことはわかるわけがない」となるのです。
でも、実際ちょっと考えたらわかることのほうが多かった…w
そういう感じで、母は何も考えずにあるときは喜んで、あるときは怒ったりしていたんでしょうけど
子どものわたしとしては、それにいちいち振り回されていたわけです。
子どもにとって母って神ですからね。
↑この話はべつに母にはしません。
わたしが納得したのが大事なので^^
で、まだ続くのですが(笑)
じゃあ、これを自分の育児にどう活かすか?
わたしのミスは、親が完璧な人間だって思ってしまったこと。
では、娘には、
「お母さんも間違うよ」
ということを伝えたいと思いました。
間違ったときはきちんと「ごめんなさい」って謝れる親であろうと思いました。
今のは適当に怒ってしまったね。ごめんね。とかね。
感情的に怒ることは今のところないのですが
これから無いとは言えませんし(うちの母の子どもだしwww)
「間違ったと思ったら謝る」
「間違ってると思ったら言ってね」
これを意識して、娘ちゃんと生活しようと思いました^^
おわりwなげェ
帰宅したらちょっとだけ虹がでてました。
なんかうれしかった。

