「あのときは、あのときなりに頑張っていた…」
「だから自分を認めましょう…」
そんな言葉をよく聞いていた。
心理的なセミナーに行ったりすると、自分を認めるというワードはよく出てくる。
自分を認める。
これは、大切なように思える。
自己否定をやめ、がんばっていた自分を認め、その心を癒して
そして前に進む力をふたたび得ていく…
わたしもずっとそうしてました。
ここからはわたしの実例です。
わたしは20代は臨床検査技師として働いていました。
超音波検査という、けっこう技術のいる検査を担当していて
それはかなり、がんばって仕事していました。
でも、あるとき気づいたのは
わたしが仕事をがんばればがんばるほど
病人が増えていく…という事実…。
例えばですね。わたしがやっていたことをもうちょっと具体的に言ってみます。
前立腺という臓器があります。
男性の膀胱のちかくにあります。
ここが、癌になることがあります。前立腺がんといいます。
最近男性に増えているらしい。
わたしの病院ではそれを検査する仕事をしていました。
実際に、前立腺からちょっとだけ組織をとって、顕微鏡で調べるのです。
ある日、90歳すぎのおじいさんが患者さんとしてやってきました。
その方も癌の疑いがあるということで、前立腺の組織をとって調べました。
結果は、前立腺がんでした。
いくつか取った組織のうちの
ほんの一部にがん細胞がありました。
その方は抗がん剤を飲むことになりました。
…あれ。
90歳。前立腺がん。
前立腺がんは進行の遅いがんとしてそのとき言われてました。
10年とか経って、やっと大きくなってくると。
…90歳。
もし、組織を取る場所がちょっとだけずれていたら。
がんとは診断されなかったかも。
がんで死ぬのか?
寿命で死ぬのか?
どっちが早いのか?
抗がん剤は副作用のある薬。
それを飲むことで
弊害はなかったのか?
人生の終盤でがんと診断され
病院通いの日々。
わたしは検査技師ですから
医師の診断にかかわることは当然できません。
いったいこれでよかったのか?
この疑問はずっとついて回り
ほかの理由もあったけど
結局わたしは病院の仕事を辞めた。
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時が過ぎて
まぁあのときは頑張っていたよね。
がんばった自分を認めよう。
本当にそう思う?
どこかに苦々しい思いがある。
間違っていると知りながら
その間違いに手を貸してしまったこと
ほかにも同じようなことはあります。
心がどうやって働いているのかを理解しないまま
心理的なセミナーに参加して
ほかの参加者にもその手法を適用していたこと。
本当はどこか違うところに原因があるのではないかと思いながら
生理前の不快な症状を、薬(精神薬)で解消しようとしたこと。
「あのときはこれが精いっぱいだった…」
その、思いというか
自分自身の存在に対しては、よくがんばったねと言いたいけど
その、行動については
やっぱりどこかで責任を取らなければ
自分がダメになってしまうんじゃないかなって気づいた。
こう思えるようになったのも
何が、人間の正しい振る舞いなのか?
何かを判断するときの、判断基準とは何なのか?
そういう知識を付けてきたから。
もっともっと知識を付けて
過去の自分の行いに
責任をとって
正しいことを広めていかなければ!
と思う今日この頃でした。
知識を付けて
ぶれない自分を取り戻そう!
そんな知識を付けたい方は
ぜひコメントくださいね^^
※医療行為について
検査がすべて間違っているとは言いません。
必要な検査というものはあると思います。
ですが、過度な検査、過度な診察で、本来病気でない人や治療の必要のない人が、病院にかかっているということはあると、個人的には考えています。