いろんな気持ち | Keep Looking Up

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Keep looking Up=人生のおまじない。

空を見上げて想うこと。

お家に帰って久しぶりにパソコンを開くとそこにあったあったかぃメッセージ。読んでるうちに涙が止まらなくなっちゃったょ。みき、離れてるのに不思議だょね。違う場所で同じ話をしてる。みきもさゆも遠いとこにいるのに気持ちがそこまで届いたみたいで。みきの気持ち、言わなくたって渡米前感じてたよ。


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夜家に帰って来たら、最近とても②会いたい人からの手紙が届いていました。そんな時って、必ず助けを必要としている時なの不思議だね。今日さゆに話したばかりだった。留学した人は皆、「辛いコトも多いけどすごくいい経験だょ、行った方がいいょ」っていう。ひーちゃん、何も言わなかったけど、ホントは「行かなくていい」ってずっと②言ってあげたかった。1番辛くてしかたなかった時、友達には絶対こんな思いさせたくないって心から思った。経験としては素晴らしいし、後悔はしたことないけど、こんな思いをあえてする必要はないんじゃないかって。アメリカに向かって一生懸命なひーに、「大丈夫だょ」としか言えなくて、「今ならやめられるよ」っていう言葉がどうしても出てこなかった。「今」の「今」から抜け出せない辛さは、どうやって乗り越えればいいんだろう…私はいつも「これは一生は続かない」と自分に言い聞かせる。
☆ooooooooooooooooooooooooみきの日記よりoooooooooooooooooo☆



せめて日本のセンター試験までは今の気持ちを書かないって決めてたんだ。ずっと頑張ってきた2人の背中見てきたから。試験前ゎ勉強に集中してほしかったし迷惑かけれないって思ってた。『つらいんだ』って言った時に心配するみんながいるって分ってたから。『つらいの』っていう代わりに送った小さなsosゎ決意の朝にの歌詞を載せたこと。。『辛い時辛いと言えたらいいのになぁ』そんな風にずっと思ってた。ほんとゎ日記も書いてたんだけど公開にしてなかったんだ。センターまでゎって区切りがあったから。7日の日記がちょうどピークだった時の気持ち。

今までが全部うまく行きすぎてたのかもしれないなぁ。年が明けて大学が始まってから2週間、初めて壁に向き合った気がした。人ってほんとに辛い時はこんなにも自然に涙が出て来るんだなぁって学んだょ。何度泣いたかわかんない。大学でも家でもバスの中でも歩いててもいつもいつも涙で目が真っ赤だった。そんな時に知らない人に『Are you all right?』って話しかけられるとその優しさにもっともっとのどがぎゅってなった。

いろんな気持ちがごちゃごちゃしてたの。日本語でもうまく話せないくらい、たくさんの感情が一度に襲ってきたみたいだった。毎日必死にもがいてどうにかしようとしたけど、そんな時ってなにもかもがうまく行かないんだよね。

大学が始まった初日、2日目、『大丈夫、頑張ろう!』って思った。でもね、イヤというほど気づいたの。現実はそんなに甘くないってこと。

8時30から始まる地理のクラス。予習、復習、宿題。アメリカ人と一緒に勉強するのに何時間かけても足りなくて、そこにはいつも英語の壁があった。毎回のディスカッション。前の夜何時間も使って読んで考えまとめてクラス行ってもまだまだ足りないんだよね。朝、隣の男の子が来て『意見考えた?』そんなふうに聞かれて『ぅん』って答えるとにこって笑って『やってないから今からやらなきゃ』って授業の10分前からやりだしたの。でも教授が来る頃にはもぅ終わってた。ディスカスにだって参加できてた。目の前で留学生とネイティヴの差を見た気がしたんだ。今までやってきた英語何だったんだろぅって。なんのためにあれだけやってきたんだろうって。全部100%分るわけじゃない、アメリカ人と同じようにできるわけでもなぃ。当たり前なのかも知れないけどそれがどうしようもなく悔しくて英語力のなさにがっかりしてた。

そんな毎日を大学で過ごして、周りのみんなはなんだかすごく楽しそうに見えた。そこには一緒に笑い合える友達がいて、今自分がいる場所からはすごく遠く見えたの。そんな時ってなんだか2高の頃を思い出しちゃって、毎日友達がいてくれた日々と比べたりして。大きな大学でみんなの名前呼びながらただただ泣いてた日もあった。勉強に追われて毎日が家と教室と図書館の往復。一体なんのためにここに来たの?そんな答えを探して、必死で出口を探そうとしてた。

ずっと、思ってた大学生活と違いすぎたんだなぁって思ってたけど、そうじゃなくて想像してた自分よりはるかに弱い自分がそこにいるんだなぁって気づいたょ。2年前の
あたしは留学が夢で自分で大好きな場所を離れてここまできた。そのために我慢してきたこと、続けてきた英語、寒い日のバイト、乗り越えなきゃいけなかった別れ、全部を超えてここまで来たのにそこでみたものはすごく淋しくて辛い大学生活。今までのあたしなんだったの?って繰り返し考えた。

高校の頃、イーオンに通ってたあたしにとってアメリカの大学っていう響きは『英語が完璧』っていう響きに似てた。東京の学校卒業した後も1月の大学入学はなんだかすごく遠く思えた。でもいつの間にかそんな日はやってきて完璧に英語が分かるわけじゃない事実とアメリカ人との差を見せ付けられて、ただただどうしたらいいのか分からなかった。見てきた留学のパンフレットの表紙はみんな笑顔で飾られていたのに、ほんとの留学はそんなきらきらしたものじゃなぃんだなぁって。『留学したいの』そう言ったあたしにみんなが言ったね、『ひぃちゃん、それは日本の大学の何倍もつらいんだよ』って。それでもいいって言って抜け出してきたのに、その時思った。2年前の自分に言ってあげたい。『あえてこんなにつらい思いをする必要ないよ』って。

『日本にいたら。。』そう考えるとキリがないのにそんなこと考えてばっかりだったなぁ。日本のお家から大きな荷物が届いてそこに入ってた手紙を読んで、自分を応援してくれてる家族の想いを読んだ。だから余計に言えなかったんだ。『元気でやってるの?ひーちゃんは人見知りするし初めての場所苦手だから大変でしょ?もう慣れれたかな?』そんなママからの電話に泣いてる声を抑えながら『平気だよ。大丈夫だから心配しないで』そんなふうに答えることしかできなかった。パパとママの反対を押し切ってここまできたからそんな2人に辛いんだなんて言えなくて。言い聞かせるみたいに『大丈夫』って繰り返すしかなかったんだよね。

机に並ぶバナナの会のアルバム。みんなに会いたくて今ここに来てほしくて仕方なかった。『離れてたってみんなひぃちゃんのそばにいるよ』その言葉がなんだか切なくて、やっぱりみんな日本にいるんだなって。今ここに来てょって。日本からの携帯に入ってるみきと優子のカラオケでの歌を繰り返し聞きながら朝になっちゃった日もあった。おかしなくらぃ自分が自分じゃないみたぃだった。こういう辛さを得るために今まで頑張ってきたのかなって思ったりした。

精神状態が落ち着かなかったのに勉強はいつものように襲ってきて、いろんな意味で大変だったんだ。誰に話したらいいのかも分からなかった。今こうやって振り返りながら日記を書いてても自分の気持ちをきれいに伝えられてる気がしないくらい言葉にできないような感情だったの。『頑張らなくていいから楽しみなさい』っていうパパ。『追い詰めないでほどほどにね。すこしはお兄ちゃんのどうにかなる精神を見習いなさい』っていうママ。そしてそんなことができないあたし。負けず嫌いだから余計だったのかな、全部を、全教科を100%Perfectにこなそうとしてた。留学生扱いなんてされない場所で同じものを求められた時、残された道は『やるだけのことはやる』っていう高校の頃から変わらない悪いくせ=おかしくなってもいいから必死で勉強するっていぅ。でも限界が来てたことはあたしが1番感じていたんだ。完璧になんかなれないってこともほんとはちゃんと分かってた。自分で選んでここまで来たこともね、誰でもない自分が決めたコトだって痛いくらい分かってたの。

だからもう一回頑張ってみよぅと思ったょ。ちぃがアルバムに書いてくれた。『辛いことがあっても全部ひぃのプラスになるはず』って。『つらくなったってめげんなょ』そんなりっちゃんの言葉もあった。新しい場所に慣れるのに時間がかかるのは毎度のことだから(笑)3の3でも2の2でも1の2でもそぅだったしね>< ちゃんと立ち上がれるように今はつらくても、いつかは笑って話せるって信じてる。さゆり、ひぃもいるから大丈夫だよ。辛いことは一生続くわけじゃないから。ひぃが日本に帰国した時ゎきっとさゆの今の辛い気持ちもひぃに笑って話せるかもしれなぃ。もしその時までつらかったらひぃが癒すょo^-^o一緒に頑張ろぅ!