『神様って本当にいるのかなぁ??』9月にシアトルに帰ってきてからそんなことを思う。
昔、みきが言ってた。いいこと悪いこと、起こるタイミングは人それぞれ違くて、たまに誰かをうらやましく思うときもあるけど、最終的にいいことと悪いことの折れ線グラフを真っ直ぐにしたら、その長さはみぃんな同じ。いいこともいやなことも人生の中で何回もあるけど、その大変さは自分だけじゃない。って。
留学した最初の1年、いくらきれいな空を見ても100%きれいだって言えなかった。心の中がいつも不安定だった。孤独で淋しくて辛くて自分じゃ自分じゃないみたいだった。だけど誰かの前で泣くことがイヤで強がることを覚えて必死で気持ちを隠そうとしてた。あのときのあたしにとってシアトルって場所はすごく冷たい場所だった。
太陽や雲や空はそんなあたしを見てくれてたのかな??
シアトルに戻ってきてすごく大切な人を見つけた。うれしかったことはうれしいって笑えて、辛い時はつらいって涙を流せる人。今まで見てた景色がすごくきれいに見えた。同じシアトルの空をずっと見てきたはずなのに、空はいつも笑ってるみたいに見えた。
今まで感じたことのない優しさに、今まで包まれたことがないあったかさに、涙しか出てこなかった。
今までの1年間、あんなに辛くて苦しかった時間は優しい空を見るためだったのかな。
だとしたら、あの1年を必死で乗り越えようとしたそんな時間も無駄じゃないよね。
『ありがとう』
その言葉しか出てこない。
アルカイに行く度に今でも思う。あったかな優しさは神様がくれたプレゼントみたいだって。『1年間よく頑張ったね』って、言われてるみたい。アルカイから見るシアトルはいつもすごくすごくきらきらして見える。