あなたを一生スキでいることを誓います | 人生がすばらしくなるためにはを日々追求

あなたを一生スキでいることを誓います


彼女はバイト先の先輩だった。僕より歳は一つ上で、おっちょこちょいだけど、どこかしっかりしていて、みんなのお姉さん的存在だった。僕はそんな笑顔に恋をした。

「ねぇ!」

喉からでもなく、おなかからでもなく、心からの声だった。俺の大きな声は静かな深夜、響きわたった。その日の月は、まったくかけることのない満月だったはずなのに重い雲に覆われまったく見えなかった。

「俺たち、もう一回付き合えないかな。・・・。」

その言葉を聞いて、彼女は歩みをとめたけど、その後姿は振り替えることはなく、またすぐに歩き始め、家のドアを開け中へと入っていった。

終わった・・・

自然にそう思った。あっけなかった。勝手すぎた自分にとても腹が立った。力が抜けてその場に座り込んでしまった。そのまま寝そべり空を見上げた。雲が一面に広がり暗く、今にも降り出しそうだった。そのまま目を閉じ、しばらくそうしていた。

「おぃ。」

彼女の声でわれに帰った。目をあけるとそこにはさっきは着ていなかった上着をはおり、彼女がたっていた。

「お願いがあります」

彼女はまるで始めて会う人のように他人行儀だった。僕の心臓の鼓動は再び早くなり始めた。

「私たちが初めてデートした公園覚えてる?」

「あ、あぁ。」

少し間が抜けた返事をした気がする。

 車の中はずっと沈黙だった。彼女は黙ったまま、窓の外を眺めていた。彼女が遠い目をするのは昔からの癖だったけど、この時は不安でしかたなかった。僕の心の中のぽっかりあいた空間と同じように、深夜の道路はガラガラだった。

「あ。」

車の中で彼女は発した言葉はそれだけだった。彼女のほうをみると、声を出してしまったことに、気まずそうな顔をしていたけど、僕のほうを見もせず、少しななめ上を見上げていた。白く細かな雪がちらちらと降ってきていた。

僕らはその公園について車を降りた。緊張のあまり吐き出した息は、白く夜空の中にとけていった。

「寒くない?」

同様に白い息をはき、鼻の先を少し赤くした彼女を気遣った。彼女は大丈夫だよと言い、公園を歩き始めた。僕は隣によりそい歩いた。舗装されていない狭い道、広い公園の池までの抜け道。二人で見つけた道だった。僕らの間には冬の冷たい風が吹きぬけていた。

大学二年の十二月だった。この時とは違う緊張感を抱えて僕は同じように彼女の右側を歩いていた。なにかが壊れてなくなってしまいそうな不安ではなく、少しわくわくしていた気がする。

 彼女が歩みをとめた場所は僕が告白した場所だった。木々に囲われて、目の前には大きな池が広がっている。粉雪がその池に模様を作る。

彼女はじっと池を見ていた。また、沈黙が続いた。

「あのさ、」

不安にこらえられなく先に言葉を発したのは僕だった。彼女の背中に話しかけた。

「すげぇ、自分勝手ってことはわかってる。だけど、俺、もう一回お前とやり直したい。別れようって言ったの俺だし、まじ意味わかんないと思うけど。お前じゃないとだめって気づいたんだ」

彼女はゆっくりこっちを見たけど、ずっとだまっていた。長くて綺麗な茶髪の髪が少し揺れた。その間から、丸く大きな瞳が僕を突き刺す。

「ごめんね・・・。真希のことすげぇ傷つけたこともわかってる。これ俺の気持ち、もう絶対かわらないから。」

まっすぐな視線に負けまいと僕も彼女を見つめ返した。もう一回彼女は池の方を見て、そのまま話し始めた。白い息が彼女から少しずつもれていた。

「反省・・・してますか?」

彼女は、まだ他人行儀だった。僕は、ゆっくりうなずいた。

「あぁ。反省してる。」

彼女の小さな肩は小刻みに揺れていたんだ。僕は抱きしめたかった。もう一度・・・

「さぁて」

あいつは深く息を吸い込みため息まじりに少し笑いながら言った。

「ここにつれてきてもらった本当の理由はね。言ってほしいの」

彼女の言葉は残酷な言葉なのか、不安な僕の心をさらに苦しめた。

「君が初めて私にここで告白してくれた言葉を」

風が吹き、粉雪を踊らせる。

「一字一句間違わずに。」

僕は眉間にしわを作り大きく息を吸い込んだ。そして、風船の空気が抜けるようにそれを吐き出した。そっと目を閉じ、五感を研ぎ澄ました。木々を揺らす風、彼女の匂い。今、時間を逆に。

              *

 一年前の十二月中旬、その日はとても寒かったのを覚えている。僕はバイト先の近くのコンビニで暇をつぶしていた。三十分後、バイトを終わらせた彼女は鼻の先をあからめてコンビニに入ってきた。あったかいコーンスープを買って、僕の車で近くの公園に向かったんだ。車の中で彼女は、僕の伝えたいことをなんとなくわかっていたのかもしれない。道路は交通事故のせいで少しの渋滞となっていた。そんな状況にもかかわらず彼女は、コーンスープを両手で握りしめは笑っていた。

「ねぇ、少し歩こう。」

車から降りて、僕は告白する場所を探そうと思った。すると彼女は小走りで僕の左側にきた。

「こっちが落ち着くの。」

少し照れくさく下を向き、はにかんでいた。静かな夜だった。空気は冷たく、透明度の高い空。星が綺麗に光っていた。オレンジの街頭に照らされた2人の影が幾重にも連なり整った道の上をゆっくりと動く。その合間、2人には心地よい沈黙が続く。それとは反対に僕の心臓は、今にも破裂しそうなくらい、鼓動がはやくなっていた。

「ねぇ」

彼女は指をさした。

「道…あるよ。」

木に囲われた公園、地図に載っていないような細道がでていた。それは森の中へと続いていた。

「いくか」

僕はいたずらに笑ってみせた。

「大丈夫。」

やさしく笑い、彼女の手をひいた。森の中は暗く、静かだった。僕の心臓の音が聞かれてしまうのではないかって思っていた。そんな気持ちを知ってか知らずか、怖いと彼女は僕の袖にがっちり両手で掴まった。

五分くらい歩くと光がほんの少し見えた。はやる気持ちを抑え転ばないよう、着実に歩いた。森を抜けるとそこには大きな池が広がっていた。池のm

「キレイ…」

彼女は遠い目で水面を見つめた。しばらく黙って月が綺麗に映る池を見ていた。時たま吹く風が、二人の距離を縮めた。その度、僕の心臓の鼓動は回転数をあげていく。

「寒いね」

だまっていた僕にいらつくかのように池を見つめたまま彼女が言葉を発した。さっきの風で森がまだざわついていた。

              *

まさきの部屋は暖房がよく利いていた。いつものようにあいつのベッドに腰をかけ、話していた。あいつは机のいすにすわりパソコンをやりながら僕の話を聞いていた。聞いてないようで、話の趣旨を全部理解してくれる。僕らは高校からの仲だった。

「告白は九十九パーセントの愛情と一パーセントの勇気」

口に手をやりながら恥ずかしそうにあいつは言った。

「そう言ってくれたのは誰だっけ。」

僕たちは目を見合わせて笑った。僕は飲みかけのコーヒーを飲み干し、彼女を向かえに行くために、思いを伝えるためにあいつの部屋をでた。

              *

 風がなり終わった。僕は静かに口を開いた。

「俺じゃだめかな」

「え?」

彼女は振り向いた。寒さのためか目が潤んでいた。その透き通るような瞳にずっと映っていたいと思った。

「俺、年下だけど…」

いらない言葉が僕の本当の思いの邪魔をする。不安や緊張が僕にたった一言を言わせない。

「バイトで知り合って、話していくうちにすごい素敵な人だと思って…」

僕の体中の血液が頭に集まってくるような錯覚におちいった。もう何を言ったか覚えていない。彼女はそんな僕にほほえみながら手をつないでくれた。その温かさを感じたとき、すごく冷静になれた。僕の彼女のへ思いきっと届く。ゆっくり息をすいこみ、彼女の目を見た。見つめあって何秒かたった。ここちよい雰囲気に包まれた…

              *

『あなたがスキです。あなたを一生スキでいることを誓います。』

              *

水面に降る雪は少し激しくなった。一年前と変わらず素直な気持ちで彼女に思いを伝えられた。涙ぐむ彼女はゆっくりと僕に歩みよる。

「ホントだよ?ちゃんと、ずっと好きでいてね。」

僕はゆっくり彼女を抱きしめて言った。

「あぁ」

彼女がいとしくてたまらなかった。

「苦しかったよぉ。」

周りの音はまったく聞こえなくなった。ただ、感じるのは彼女がそこにいて、そこにいるからこそ感じることができるぬくもりだった。彼女の体温だけが伝わってきた。彼女が僕の手の中で小刻みにゆれていた。僕の胸は彼女の涙でぬれていく。その彼女の苦しみを僕は精一杯うけとめた。目でもなく口でも鼻でもなく耳でもなくて、スキというキモチだけで、彼女を感じていた。

              *

 まさきの部屋は相変わらず暖房のきつい部屋だった。あれから僕らは十五の歳をとり、僕もあいつも結婚した。あいつは引越し、僕がいつも座っていたベッドは実家においてきていた。リビングに通されるとあいつの子どもが僕によってくる。時計は七時をすぎていた。まさきと僕の子どもはゲームをやっていた。コートを脱いで、それに加わる。

「さぁみんな手伝って」

ゲームに熱中する僕らをまさきの奥さんが促す。なかなか席を立とうとしない四人に僕の妻も笑いながらやさしく声をかける。

「ほら、あなたがお手本になんないと」

僕は彼女のほうを見る。

「ごめん」

いたずらに笑う。

「今、行くよ、真希。」

街はクリスマスムード一色だった。