こんにちは!

 

早いもので今年も師走ですね。

 

月末のスケジュールがびっしりで、驚いたり、納得したり。

世間もなんとなく忙しくなり、その中に飲み込まれてしまう感じのする季節です。

 

そんな慌しさの折、今年を振り返って柔らかに後悔したり、親しい人に思いを寄せたり、そんな自分を見つめたりするのもこの時期ならでは。

 

寒さに負けずに、笑顔で今年を締めくくりたいですね!

 

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さて、では。

 

前回ハーバード大学のマイケル・サンデルの「これからの「正義」の話をしよう」からの、スタンフォード大学のケリー・マクゴニカル著「スタンフォードの自分を変える教室」です。

 

「これからの「正義」~」は、人間にとって「善」や「正義」とは何かを問うた「べき論」でした。

一方、「自分を変える教室」は、「べき論」ではなく、なりたい自分になる方法を探す「ハウツー本」です。

 

面白いのは、なりたい自分になる方法はこれだ、というアプローチではないところ。

なりたい自分になれないのは「自分の脳で○○が起きているから」という心理学的・医学的アプローチが新鮮です。

 

記述も具体的で分かりやすく、10週間のプログラムとして構成されています。

各章の戦略を、ジムのエクササイズのようにひとつずつ試して「実験」をしていけば、なりたい自分になれない理由に正しく対応できるという具合です。

 

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ケリー・マクゴニカルは、スタンフォード大学の新進気鋭の心理学者である。

彼女の「意志力の科学」という授業は、スタンフォード大学でもっとも優れた授業の一つとされている。

本書は、その授業をベースに、授業と同じ10週間のプログラムとして構成されている。

原題は「The Willpower Instinct」、直訳すれば「意志力の本性(クセ)」となる。

 

私にとって重要と感じられたテーマは5つである。

 

1.本能に流されず意志力で生きる

2.誘惑に負ける瞬間を観察する

3.良いことをすると悪いことをすると知る

4.将来の自分に会う

5.欲求を受け入れる

 

それぞれのテーマごとに、自分の内面で何が起きているか顕微鏡で見つめ、意志力を増す実験方法を挙げる。

 

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1.本能に流されず意志力で生きる

 

意志力を要することといえば、真っ先に思い浮かぶケースは、誘惑に打ち勝つことである。

甘いもの、アルコール、一夜限りの恋など、誘惑は様々な姿で忍び寄る。

それらにNOと言うには、「やらない力」を発揮しなければならない。

 

しかし、意志力はNOと言うだけが全てではない。

明日こそやろうと思いながら、つい先延ばしにしていることの多いこと。

面倒だが自分のやるべきことを「やる力」。これ.も意志力の姿だ。

 

さらに、やってはならないときにやらない、やるべきときにやる。

そのためには、自分が本当に望んでいることを思い出す力が必要だ。

これを「望む力」という。

 

「望む力」がなければ、誘惑を目の前にしながらどうやって踏みとどまれるだろうか。

また、日々起きる心配事や、楽しげなテレビ番組のせいにせずに、今日やるべきことをやれるだろうか。

 

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意志力を発揮しようとする自分の内面を、顕微鏡で見てみる。

・できない理由を特定する

意志力が働かないとき、自分の中では、本能のままに目先の欲求を満たそうとする自分と、衝動を抑えて欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従って行動しようとする自分が対立している。

できないのは、良い悪いに関わらず、前者が後者をねじ伏せているからである。

 

・もうひとりの自分に名前をつける

せめぎ合う2つの自己のうち、衝動的な自己にあだ名をつけてみよう。

「酔っ払い」「怠け者」と、そういう自分になりかけたときに気がついたり、もう一方の自分を励ましたりするのに役立つだろう。

 

次に、意志力を増やすための実験方法である。

・「選択した瞬間」を振り返る

一日の終わりに、その日に行なった選択を振り返ってみよう。

そうすれば、いい加減な選択の数が減っていき、それによって意志力はアップしていく。

 

・5分で脳の力を最大限に引き出す

定期的な瞑想は、脳を鍛え意志力を強化することに最適な方法だ。

瞑想は、目標から遠ざかりそうになっている自分を目標に引き戻す作業といえる。

ステップは次のとおりである。

①動かずにじっと座る

②呼吸に意識を集中する

③呼吸をしているときの感覚をつかみ、気が散り始めたら意識する

 

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2.誘惑に負ける瞬間を観察する

 

ダイエット中の自分が散歩中、ケーキ屋のウィンドウに大好物のチーズケーキを見たとき、自分の中では何が起きているのか。

 

まず、脳はチーズケーキへの期待に支配されている。

ドーパミンという神経伝達物質が放出され、注意力やモチベーションに働きかける。

「今すぐあのチーズケーキをゲットしろ!」

 

体は、血糖値を下げるのに忙しい。

チーズケーキのせいで血糖値が跳ね上がることに備えているのだ。

 

ここで自分は、意志力を発揮し、自分にとって重要なことを行なうことに挑む。

自分にとって重要なことは、チーズケーキに舌鼓を打つことではなく、ダイエットに成功することだ。

チーズケーキは、ダイエットという長期的な目標の邪魔になることは明らかだ。

あらゆる手段で、この危機に立ち向かおうとする。

これが意志力である。

 

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このときの脳や体の反応を顕微鏡で見てみよう。

・なぜ「やりたくないこと」をしてしまうのか

脳や体は、外的な脅威に対して、「闘争・逃走反応」で自己防衛を図る。

一方、それらを乗り越えようという自制心が生まれると、脳や体では「休止・計画反応」が起きる。

「闘争・逃走反応」が外的な脅威に対して起きる一方で、「休止・計画反応」は内的な脅威に対して起きるのである。

脳の前頭葉皮質において、自分にとって重要なことに反する行動をとろうとする前兆をキャッチし、体内のエネルギーを脳に向ける。

体は、闘争・逃走反応で現れた衝動的な反応(動悸や血圧、血糖値の上昇)にブレーキをかけようとする。

 

「やりたくないこと」をしてしまうのは、「闘争・逃走反応」に「休止・計画反応」がねじ伏せられたためである。

 

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それでは、「休止・計画反応」が打ち勝つための、意志力の実験方法とはどのようなものか。

 

・呼吸を遅らせれば自制心を発揮できる

呼吸のペースを一分間に4回から6回までに抑えることである。

定期的に行なえば、ストレスに強くなり、意志力も増すことが研究で裏付けられている。

 

・グリーン・エクササイズで意志力を満タンにする

外に出て、緑を眺めながら5分間散歩するだけで、ストレスが減少し、気分が明るくなり、自己コントロール力も向上する。

 

・眠りましょう

睡眠不足が慢性化すると、ストレスや欲求や誘惑に負けそうになる。

「もっとしっかりしなきゃ」と思い悩むより「もっと寝らなくちゃ」と思うべきである。

 

・体にリラクゼーション反応を起こす

心身が本当に休まっている状態をとることで、体に、生理学的リラクゼーション反応をもたらす。

それは、心拍と呼吸のペースが遅くなり、血圧も下がり、筋肉の緊張がとける状態である。

仰向けに寝て、目を閉じ、深呼吸をして、5分から10分程度、そのまま呼吸をすることを楽しむことである。

 

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以上、私が特に重要と感じた2つのポイントをご紹介しました。

 

ストレスや誘惑へ対処する際に、自分を客観視することの重要性。

なぜ誘惑に負けるのか、誘惑にまけない意志力を育てるにはどうすればよいか。

とても具体的な「顕微鏡」と「実験」が紹介されていますね。

 

残る3つはまた後日。

 

ではでは。

 

keef

こんにちは!

リオデジャネイロ・オリンピックでの日本勢の活躍が素晴らしいですね!

先日の男子400Mリレーには感動しました。

4人の入場時の、刀を抜くジェスチャーには、若さと愛嬌、そして日本人であることの喜びが感じられました。

素晴らしい走りとバトンパス、ボルトに追い縋る根性!
そして、アメリカを押さえ堂々の銀メダル!アジア記録更新!

レース後、ケンブリッジ飛鳥選手は言いました。

「東京ではもっと良い色のメダルを取りたい」

トラック競技で金…本気で目指すんですね!


頑張れニッポン!


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さて、では。



前回の予告どおり、マイケル・サンデル著「これからの「正義」の話をしよう」です。



文庫本で420頁を超え、手に取るのには躊躇するボリューム。

以前、著者が、NHK「ハーバード白熱教室」で、東日本大震災をテーマに講義しているのを視聴したことがありました。

その時の著者の、決め付ける事を避け、相対する意見をじっくりと聞いて議論を進行させる姿勢が印象的で、いつか著作を読みたいと思っていました。


また、最近、民主主義、政治手法、コミュニティの在り方について考えることがあります。
相次ぐテロ、南シナ海・東シナ海情勢、EU危機、憲法改正、そして天皇陛下の譲位のご意向会見。


これらの問題を、自分はどのように評価し、対処していけばよいか。
その時の感情や風潮に流されず、一貫したイデオロギーを構築したい。
そのために、本書は役に立つかも知れないと考え、熟読に挑戦しました。



ようやく読了しましたので、要約と感想をまとめてみました。

よろしければお読みください。



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本書は、大きく分けて次の3つに構成される。

1.正義とは何か
2.正義の3つの基準 ①幸福 ②自由 ③美徳
3.これからの「正義」


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まず、1.正義とは何か

正義とは何か、普遍的な答えは勿論存在しない。

例えば、ハリケーン災害の後、修理業者や生活必需品の販売者は、その需要増大に対応し、平時よりもはるかに高い価格設定を行った。

これは正しい行為と言えるだろうか。


ある者は、価格が高くなった方が結果的に多くの業者が参入し、復興が早くなると答える。
ある者は、価格設定はあくまでも個人の自由であると答える。
そしてある者は、いかなる理由があれ、そのような行いは不道徳なものであると答える。



ハリケーン後の便乗値上げが「正しい」かどうか。
その判断基準には、幸福、自由、美徳の3つが存在する。

そして、こうしたそれぞれの理念は、互いに衝突する。

また、そもそも何をもって幸福、自由、美徳とするかさえも明確ではない。


本書は、この幸福、自由、美徳という3つの考え方について、代表的な哲学者の考えと現代の社会問題を照らし「これからの「正義」」を検討する。



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2.正義の3つの基準 ①幸福



ジェレミー・ベンサムの唱えた「功利主義」の理念は明快だ。

「最大多数の最大幸福」で知られるように、「『正しい行い』とは、「効用」を最大化する行いだ」とする。


「効用」とは、幸福の単一指標だ。

例えば、労働で得た「財産」や、余暇活動による「喜び」など、幸福に関するあらゆる要素は、「効用」という単一の指標に変換される。

それによって、全ての政策や行いが「どれだけ効用を高めるか」という指標で計れるようになる。

しかし、この考えには、「最大多数の最大幸福」を達成するためには、時に個人の自由を踏みにじることを正当化するという危険性をはらむ。




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ジョン・スチュアート・ミルは、こうした功利主義の問題点を克服しようとした。


すなわち

 ・そうは言っても、やはり個人の自由は尊重されるべきだ
 ・効用の質の良いものを追求するべきでだ


ミルのこうした考え方は、ベンサムに比べてより人間的なものであると言える。

しかし、個人の自由や効用の良し悪しといった観点を加える発想は、「全ての幸福を効用で計る」という功利主義の原理からは外れる。


結局、正しさを考えるには、効用とは別次元の道徳的理念に訴えざるを得ないのだ。


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2.正義の3つの基準 ②自由


「他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだ」という立場をリバタリアニズム (自由至上主義)と呼ぶ。

個人の自由と経済的な自由とを最大限尊重することこそが正義だとする。


ところで、リバタリアンの信奉する自由市場は公平なのだろうか。
売買してはならないものはあるのだろうか。

リバタリアンの自由市場擁護は、「自由の尊重」を重視している。
一方で、功利主義者も「最大多数の最大幸福」の実現には自由市場が望ましいと考える。


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サンデルは、例えば兵役というテーマで自由市場は果たして正しいかと問いかける。


リバタリアン的・功利主義的いずれの観点からも、徴兵制に比べ、自由市場における志願兵制が最も望ましいと言える。


しかし、経済困窮者が、金銭を得るため仕方なく志願したとしたらどうだろうか。

その市場は言うほど自由ではなく、かつその選択は本人の自由意志に基づくものとは言えない。


それどころか、自由市場とは、誰もが嫌がる役割を、経済困窮者が「自発的に引き受けるよう強いる」市場ではあるまいか。
実際、2004年のニューヨーク市の志願兵の70%が黒人かヒスパニックで、低所得者が多い地域の出身だった。


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他方、こうした自由の問題とは別に、道義的な観点からの疑義があり得る。

自分の国の兵役は、どこの国の、誰が務めても構わないと、私たちは考えるだろうか。
恐らく直感的に顔をしかめる人が多いだろう。


兵役はただの仕事でなく国民の義務である。
兵役を商品扱いすることは、「国を護る」という国民感情を腐敗させる危険性をはらんでいる。


このように自由市場の有り方を突き詰めると、①幸福と同様、単に自由を尊重するだけでは何かが不十分であることがわかる。



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2.正義の3つの基準 ③美徳



サンデルは、イマヌエル・カントとジョン・ロールズの思想について多くの頁を割いている。

カントとロールズの共通点は、「善・あるいは幸福は人によって異なる」そして「人間の自由は重要」と考えた点だ。

つまり、人間は、それぞれ自らの善を自由に選ぶことができると考えたのである。


これと対立する考えが、アリストテレスの正義論だ。


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アリストテレスの政治哲学の中心には2つの観念がある。



一つ目は、「正義は目的にかかわる。正しさを定義するには、問題となる社会的営みの「目的因 (テロス)」を知らなければならない」というものだ。

二つ目の観念は、「正義は名誉にかかわる。ある営みの目的因について考える-あるいは論じる-ことは、少なくとも部分的には、その営みが賞賛し、報いを与える美徳は何かを考え、論じることである」というものである。


ある営みが正しいか判断する基準は、幸福や自由だけではない。
その営みによって賞賛される「美徳」について考えることも必要という。


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「美徳」という正義の基準を主張するにあたり、サンデルは、国家は歴史上の過ちを謝罪すべきだろうかという問いを立てる。


謝罪するということは、多少なりとも過去の世代の過ちの責任が、現在に生きる自らにあることを認めるということだ。

しかし素朴に考えれば、自分がしなかったことに対しては謝罪のしようがない。




このように、過去の世代の道徳的責任を否定するのは、人間の自由を重んじる人々である。

自由を重んじる人々は、共同体の一員としてのアイデンティティを、自分から切り離す。
共同体から自由だからこそ、人間は自らの善、幸福を選ぶことができる。

つまりこの国家による謝罪の問題は、正義に関する議論であると同時に、これは自由への問いであるといえる。


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しかし、サンデルはこうした自由の概念には「欠陥がある」と考える。


人間には、リベラル派が認める自然的義務と自発的義務以外に、「連帯の義務」があると、サンデルは考える。

我々は家族や国家といったコミュニティにおいて、忠誠心や一体感という絆で同胞と結ばれている。そしてそのようなつながりから生まれる義務は確かに存在する。 


例えば、犯罪を犯した兄を警察に引き渡すべきか、かくまうべきかというジレンマが生じるのは、忠誠や連帯の要求が、犯罪に対する道徳的要求と対比しうるものであるからだ。


このように連帯の義務を負うならば、何が公平かを考える際に「コミュニティにとっての善」を考慮しない訳にはいかない。


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こうした立場は、リベラリズムを批判する「コミュニタリアン (共同体主義者)」と呼ばれるようになった。


コミュニタリアンは、道徳の原理と正義の原理を独立させた自由主義者とは異なり、道徳の原理を排しては、正義の原理を論じることはできないと考える。

こう考えるならば、アリストテレスの理論も一考に値する。


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ところで、人間は誰もが自らの物語の中を生きている。

人生は単なる客観的事実の積み重ねではない。人間は、自らの人生を一つの物語として生きることで、過去・現在・未来が一つのまとまりを持つ。

アイデンティティの源であるコミュニティの歴史を他者と共有しながら生きる。

そして、この「私の人生の物語は他人の物語とかかわりがある」という認識が道徳的な重みの源となる。



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3.これからの「正義」



サンデルは、これから取り上げられるべき、コミュニティにとっての善、すなわち共通善に関する新たな政治のテーマとして以下の4つを挙げている。



一つ目は、「市民権、犠牲、奉仕」に関するもの、コミュニティの共通善に対する献身をもたらすような、公民教育の方法についての議論である。



二つ目は「市場の道徳的限界」についてだ。
市場は生産的活動を調整する有用な道具である。だが、市場の価値から守るべき価値について議論がなされるべきである。



三つ目は「不平等、連帯、市民道徳」に関するものだ
。貧富の差があまりに大きいと民主的な市民生活が必要とする連帯が損なわれ、公共領域の衰退が生じる。


そして最後は「道徳に関与する政治」についてだ。
道徳と宗教に関する意見は一致しないものだ。行政府が、不一致について中立性を保つことは不可能だとしても、それでもなお相互尊重に基づいた政治を行うことは可能だろうか。



サンデルはこれを「可能だ」と主張する。

だがそのためには、我々が慣れてきた生き方と比べ、もっと活発で積極的な市民生活が必要になる。



我々はこれまで、こうした道徳的議論への関与を回避してきた。

しかし、道徳的不一致に対する公的な関与が活発になれば、相互的尊敬の基盤は弱まるどころか、強まるはずだ。


道徳に関与する政治は、回避する政治よりも希望に満ちた理想であるだけではない。
公正な社会の実現をより確実にする基盤でもあるのだ。




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次回は、アメリカ名門大学繋がりで、今回の東のハーバードから西のスタンフォードへ!
お分かりでしょうか???

何とか9月中の更新を目指します。
もう秋分の頃でしょうか…

最後までお読みいただきありがとうございました。


keef



こんにちは!

消費増税の延期が決定しましたね!
このニュースを聞いてからなんだか身も心も軽くなったような気分です。

景気の悪い時に増税しない。
災害の発生した時に増税しない。

世の政権に「常識」が通じて、本当に良かった。

旨いもんでも食べて消費拡大に貢献しますか!ヽ(゚◇゚ )ノ


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「こころのチキンスープ」は、1993年に発表された、ジャック・キャンフィールドとマーク・ビクター・ハンセン編著の短編集である。

副題に「愛の奇跡の物語」とある。
市井に生きる普通の人々の、思いやりや主体性や感謝の気持ちが起こす奇跡の物語を、70編収録してある。
どれも数ページほどのボリュームであり、中には一ページ、150字ほどのものもあった。


気に入ったものを「思いやり」「主体性」の二つの観点に分けて紹介したい。


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1.思いやり



「抱擁判事(ハギング・ジャッジ)」


元判事のリー・シャピロは、判事を15年間務め、人間の争う醜い姿を見せつけられるうちに、「愛情こそ最高の力だ」と痛感し、それ以来、多くの人々を会うごとに抱きしめてきた。

道行く女性、駐車違反のキップを切る警察官、荒っぽい運転をする巨漢のバス運転手。

周りの人々は、彼のことを笑ったり、訝しがったりした。
しかし、リーは「抱擁には心を軽くする効果があると思うんです」と気にしなかった。

ある日、友人から頼まれて障害者施設を訪問し、患者一人ひとりを抱擁して回った。

最も重症の患者を前に、リーはさすがに、友人に「この患者は何をしても理解できないよ」と耳打ちした。
友人は「あきらめたらだめ」とリーを励ました。

リーが強く抱擁すると、その患者は大きな声で奇声をあげた。
驚くリーに、医師や看護師は皆、涙ぐんで言った。
「彼が入所して20年になりますが、笑ったのはこれが初めてです」

誰かのために何かをしてあげることを難しく考えていませんか?
それは、ほんのささやかなことで十分なのです。




「ニューヨークに愛を」

友人と一緒にニューヨークでタクシーに乗った時のこと。

降りるとき、友人は運転手に声をかけた。
「どうもありがとう。君は実に運転がうまいね」
訝しがる友人に、彼はこう言った。
「僕はニューヨークに愛を呼び戻したいんだ。すさんでしまった街をよみがえらせるには愛しかないと信じているんだ」
「僕の言葉で、今の運転手は気分を良くしたと思うんだ。今日、二十人の客に親切するかもしれない。すると今度はその二十人が周りの連中に親切にするかもしれない」
「親切にしないかもって?分かってるよ、人それぞれなんだから」
「でも、もし僕が今日十人の人間に親切にしたとして、その中のたった三人だけでも気分が良くなってごらん、これがまわりまわって三千人以上に影響を及ぼすってわけさ」

友人は問う。「お前、本気で言っているのかい?」
「君こそ素直じゃないよ。僕らの会社の連中だって、給料が安いっていうだけでブーブー言っているわけじゃないんだ。どんなに一生懸命やったって、何も言ってもらえないのが面白くないのさ」
「でも、連中の仕事に対する態度はいい加減じゃないか」
「そこなんだよ。みんな心のどこかで、まじめに働こうとサボろうと、誰も気にかけていないと思っているんだよ。どうして、誰も優しい言葉をかけてあげないんだろう
(後略)


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2.主体性


「今を生きよ!」

ロビン・ウィリアムズ演じるキーティング先生が、無気力、無感動の生徒達の新しい生命の息吹を吹き込む映画「いまを生きる」は、素晴らしい映画だ。
ある日、キーティング先生は、生徒達に卒業生達の写真を見せ、こう語りかける。
「この若者達の目は富や名声を求め野望に燃えている。だが、七十年経った今はみんな墓の中に入ってしまった」
「この中の何人が、自分に正直に生きて夢や希みを遂げたことだろう」
そして生徒達に向かって言う、「今を生きよ!」と。

ペットショップで働く女の子に恋した私は、思いをつづったバースデーカードを渡すことを決心する。
耳元で悪魔のささやきがする。「彼女はお前のことなんか好きじゃないよ」
「みっともないからやめておけ」
カードを渡せず、店を出ようとした時、別の声が聞こえてきた。それはキーティング先生の声に似ていた。「今を生きよ!」

カードを渡した時、彼女は素っ気なく「ありがとう」というと、カードを脇に置いた。
私の胸はひどく痛んだが、店を出ると信じられないことが起きた。
気分がウキウキしてきて、身体の奥底から満足感がわき起こり、満ち溢れたのだ。
私は自分の気持ちを伝えた。それはなんて素敵なことなんだろう。
臆病な自分にうち勝った喜びで身も心もはずんだ。

やがて、この興奮はあたたかい幸福感に変わっていった。これまで味わったことのない満足感と心の平安に包まれた。

この経験から学ぶべきことは何か、はっきりと悟った。
それは、自分を素直に表現することであり、見返りを期待することなく愛を伝えることだった。
彼女とのかかわりを深めることでなく、自分自身とのかかわりを深めることだった。

良い人間関係を築こうと思ったら、まず自分の愛の気持ちを相手に示すことだ。


「まず自分から」

ウェストミンスター寺院には、次のような碑文が刻まれた英国国教会主教の墓がある。

若かりし頃、私は世界を変えることを夢見ていた。
ところが年を重ね賢くなり、世界は変わらないことに気付き、もう少し近いものにして、自分の国からはじめることにした。
だが、自分の国も変わらず、少なくとも自分の家族くらいは変えようとした。

だが、悲しいことにそれすらままならなかった。

今、私は死の床についている。なんと、今になって初めてわかったのだ。
変えなければいけないのは、自分自身だったのだと。

自分変われば家族は変わっただろう。
家族に励まされ支えられることで、国を変えることもできたかも知れない。
やがては、世界を変えることもできたかも知れないのだ。


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「こころのチキンスープ」の物語群は、全体として構成が単純過ぎ、またそこで示される結論やそれに至る論旨もやや一方的のように感じる。

しかし、「思いやり」「主体性」をテーマにした物語群は、豊かな人間関係を築く上で参考になると思う。


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次回はぐっとハードに「これからの「正義」の話をしよう」をやります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

keef