先日Tweetした事に対して少し反応を頂いたので
少し話を膨らませてみたい。
その先日のTweetは以下のもの。
「映像と言葉・・・「水」・・・映像で例えばコップに入った水を見せるとみな同じように見える。言葉として「水」と読むと読み手の数だけの水のある風景が広がる。」
ヒトの5感の中で一番インパクトを与えるのが
視覚だと個人的には思っている。
目で見るモノには様々なものがある。
風景・TV・写真・映画・新聞・小説・詩・・・
要は様々な情報を見る事でヒトはいろいろと感じ思いを馳せる。
その中でも小説や詩の中にある「言葉」には力があると
ふと感じたので上記のtweetを思わず投稿した。
反応して頂けた方はその呟きで理解して頂けたようで
嬉しかった。(まぁ難しい事は何も書いていないし^^;)
その「言葉」を目にした時の力は何かを一瞬考えたら
やはり「想像力」である。
もちろん上の例の様にコップに入った水の写真を見ても
多くの人は何かを感じさらに想像力を膨らませる人もいる。
しかし単に活字等で「水」と目にした時
目にした人の数だけ感じるところは映像と同じ程度でも
そこから派生する想像力は無限である。
海・湖沼・河川・水道の蛇口から流れる水・コップに入る水・・・
ヒトによっては頭の中でそこから物語さえ紡ぎだすかもしれない。
そこで、今の日本の現状を照らし合わせてみると
とても残念な思いが心を埋めていく。
震災で被災した人・・・
津波で家族をなくし、家をなくし、職場をなくし
避難所暮らしを3カ月以上続けているヒトがいる現実。
家もある、仕事も出来る環境もある
なのに放射線のために避難を余儀なくされているヒトがいる現実。
せめてそれらの方々にあるであろう心の空虚感
これを埋め、まず復旧をしようとボランティアの方々が
全国から大勢集まり行動している。
原発事故に対して報道はほとんどされないが
何度もデモが全国各地で行われている。
地方自治体も被災者のために動いているところがたくさんある。
一方「国」=政治・国家行政の無策・無行動には呆れる。
もちろん全員ではないだろうし
行動しているヒトもいるだろう。
しかし全体的に見て結果が見えてないし
被災者の不満として明らかに表れている。
多くの政治家・国家公務員には先に述べた「想像力」が
残念なことに欠如した方が多いのではないかと思う。
何がそうさせているか・・・思うに「権利」「保身」
そんな言葉が当てはまるのではないだろうか。
そんな彼らは自分がその当事者にならない限り
被災者の方々の心情は理解できないのだろう。
ただただ残念でならない。
此処まで書いて、実は多少後悔している。
あのTweetに説明はいらないと・・・
自分は映像にしても奇麗なものに心を奪われていたいし
多くの文章に接して楽しいイメージをたくさん広げて
楽しみたい。
ただ、今はFMSを克服して思いを行動に移せるようにしたい。
1日も早く・・・
