一発目に相応しい、まさかの墓参り。
両親が離婚してから8年くらい経っただろうか。
音信不通になった父側の祖父の墓へ、参る。
ずっと来れなかった申し訳なさを抱えながら。
あれからいろんなことがあった。
ありすぎてここには書ききれないほどだけど、
とにかくすべてを報告しに行かなきゃって思った。
そしてこんな状況になっちゃったけど、
なんとかみんな前向きに頑張れるように、
じいちゃんにお願いしようと思った。
じいちゃんとボクは80離れている。
生きていれば108歳。明治生まれ。
戦争も経験し、ラジオ時代のNHK職員であり、
関東大震災の凄まじい話も聞いたことがある。
ボクが喋れるようになった頃には、
じいちゃんはしわしわになっていたから、
正直そんなに話した記憶はない。
ただ、きらきらと澄んだ目だけは覚えている。
今思えば、ボクが知っている大人の中でも、
すごく綺麗な目をした人だったと思う。
きっと、すごく真っ直ぐ生きていた人なんだと思う。
同時に、じいちゃんはボクが見た初めての死体でもある。
当時高校生になったばかりだったボクは、
じいちゃんの葬式の時に初めて、
人が死ぬということを現実として目の当たりにした。
決して元気いっぱいではないけど、
確実に生きていたじいちゃんが、
真っ白な顔になって箱の中に入っていた。
ピクリとも動かないその姿に、
ボクは戸惑うしかなかった。
親父は目に涙を浮かべていた。
兄は泣きながら見たくないとどこかへ行った。
俺はただただじっとその姿を見ているしかなかった。
話した記憶はなくとも、
じいちゃんはいろんなことをボクに教えてくれていて、
それはボクの心にしっかりと刻まれている。
その感謝と、ここまで来れなかった申し訳なさと、
なんとかみんなを守ってくれというお願いを、
28歳という年齢になってボクはやっとできるようになった。
冨士霊園にバスが入った瞬間に、
予期せぬ涙が溢れてきた。
お墓の場所を聴き、花と線香を買って、
歩いてじいちゃんのもとに向かった。
墓の前に立ったボクは、
まだ少し恥ずかしくて、
小声でいろんなことを報告した。
通じているのかはよくわからない。
明日からものすごいいいことが起こるとも思っていない。
それでもじいちゃんがどこかで見守ってくれて、
少しだけいい方向にボクたちを向かわせてくれると信じたい。
初めてのひとり墓参りは、
2017年のスタートに相応しい、
素晴らしい経験になった。
じいちゃん、また1年後くらいに来るね。
