ふるさとは とおきにありて おもふもの
ふるさとは 遠きにありて 思ふもの
そして悲しく うたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさと思ひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
(室生犀星 『小景異情 その二』より)
6月初旬、とある人が突然の帰郷を果たした.
その人は人生の大半を生まれ育った土地、家族が待つその家から遠く離れて暮らしてきた.
企業活動のためである.
その帰郷は、彼の「突然死」という結果をもって果たされた.
定年まで、あと一年半であった.
単なる慕情では無い.私のこれからの人生で、一体何を大切にすべきなのか?それを真摯に考えた上での帰郷である.
「ぐるり」の方のご尽力のお陰、仕事も住まいも磐石の体制が整った.
「激励、協力 只々感謝」
( 小泉内閣メールマガジン第250号 [らいおんはーと~小泉総理のメッセージ] )
いつもの様に、日が暮れていく.
My Life is a DESIGN.
佐藤可士和1965年東京生まれ
1989年株式会社博報堂入社
2000年クリエイティブスタジオ「サムライ」設立
各界で活躍する人物の「仕事のやり方」にスポットを当て、「働く」ということの奥深さを伝える番組、「プロフェッショナル仕事の流儀 」.まさにNHK版「情熱大陸 」.今日の放送は佐藤可士和氏をフューチャーしていた.
以前、糸井重里氏と対談をしている のを読んでから、気になっていた人物.なぜかというと、彼はその対談の中でこんなことを言っていたのである.
ぼくのやっていることは、結局、コミュニケーションだと思います。(中略)やりたいことは自分でもよくわかりません。デザインがやりたいんだか、コミュニケーションがやりたいんだか。もしかしたら、ただ驚きたいだけなのかもしれませんし。
奇抜なもの、綺麗なもの、笑いを誘うもの、世の中には情報と共にありとあらゆるデザインが氾濫している.しかし悲しいかな、人の記憶に残るものはほんのわずか.
情報過多の中で、道行くひとの目に留まる、足を止めさせる、それはまさにデザインと(不特定多数の)人とのコミュニケーションの一歩.
そんな風に「人の目に留まる」よう自分の人生をデザインしなければならない.
「人生」とは、「デザインするもの」なのだ!
ものほしげ?

私はどうも、いつも物欲しげな顔をしているようである。
とある地方の小さな山の月を愛でる催しが開かれているとき、同じ仲秋の月を、私たちはこれまたとある地方の山で眺めていた。
前々から予定していた島根旅行の宿泊地に私たちが選んだのは、国引き神話の山としても有名な三瓶山。三瓶は、まるで阿蘇山をそのまま小さくしたような山で、室内(むろのうち)と呼ばれる低地を囲む様に各峰々がそびえたっている。そんな三瓶の山裾を走る高原道路からひとつ入ったところに、そのペンションはあった。
ペンション・モンテローザ。
マスターの若い頃の思い出にちなんで名付けられたというそのペンションは、築20年の、よく注意していないと見落としてしまうような場所にたっていた。恥ずかしながら、偶然に楽天トラベルで見つけた(しかも安値段順で)宿である。だが、ここで出会った1組の夫婦、つまりこのペンションで唯一の従業員の2人との出会いが、今回の旅を鮮やかに彩ってくれたのである。
三瓶の自然と奥さんをこよなく愛する彼は、三瓶自然博物館の学術芸員であり、朝日新聞に記事と写真を寄稿するプロのカメラマンであり、ペンションでの一夜を盛り上げるマジシャンでもあった(本職は一体?)。
そんな彼がその夜、一杯のビールを片手に、私たちに話してくれたことは、あの時見た月と相まって、2週間経った今でも忘れることが出来ない。
倍以上年の離れた私たちに対し、彼は真摯に、率直に、ペンションのこと、カメラのこと、お客のこと、自分のことを語ってくれた。そして、私たちにこう言ってくれた。
「夢を持て」と。「私もまだ夢を追っている」と。
またその背中を追いかけたい大人が一人増えた。ぼやぼやしていられない。私もまた彼の様に年をとり、同じように若者に夢を語る大人にならなければ。
もうちょっとここで.
思えば、4年前にこの地に単身乗り込んで来てすぐの頃といえば何だか出稼ぎ先のビジネスホテルに毎晩帰るような気分だった。
つい最近まで、どうやって自分とその環境を(自分の都合よく(^^;))変えてやろうか?などとたくらんでいた。
しかし、一夜の楽しい思い出 がイマイチふんぎりのつかない気持ちにケジメをつけてくれた。
舞台はとあるユースホステル 。子供達が無邪気にはしゃぐ声をバックミュージックに、「俺、もう43歳なんだけど」と言いながら怪獣にふんするヘアーアーティスト 。自ら「4次元事務所」と称する作業車からギターやウクレレまでをも出してくる謎の左官屋(?)さん 。駅周辺を徘徊し、同じように徘徊している筆者とばったり出会う美人(一応)グラフィックデザイナー 。そして、最近めっきり魚と馬の話題にはまりこんでいる、本職が何だか分からないメンズショップやさん。 そしてそんなメンバーを一発でだまらせてしまうおいしいお肉 。
などなど、まぁ文章にしてしまうにはあまりにも個性的すぎるメンバーが勢揃い。
こんな珍獣だらけの檻にぽつんと入ってしまった。これは早々抜けられそうにない。いや、抜けちゃぁだめよ、ということなんでしょう。
もう少し、ここでやってみたい。わたしも珍獣の仲間入りをしたい。
まだまだ皆さんのような珍獣には遠い小生ですが、どうかよろしくお願いいたします。
つい最近まで、どうやって自分とその環境を(自分の都合よく(^^;))変えてやろうか?などとたくらんでいた。
しかし、一夜の楽しい思い出 がイマイチふんぎりのつかない気持ちにケジメをつけてくれた。
舞台はとあるユースホステル 。子供達が無邪気にはしゃぐ声をバックミュージックに、「俺、もう43歳なんだけど」と言いながら怪獣にふんするヘアーアーティスト 。自ら「4次元事務所」と称する作業車からギターやウクレレまでをも出してくる謎の左官屋(?)さん 。駅周辺を徘徊し、同じように徘徊している筆者とばったり出会う美人(一応)グラフィックデザイナー 。そして、最近めっきり魚と馬の話題にはまりこんでいる、本職が何だか分からないメンズショップやさん。 そしてそんなメンバーを一発でだまらせてしまうおいしいお肉 。
などなど、まぁ文章にしてしまうにはあまりにも個性的すぎるメンバーが勢揃い。
こんな珍獣だらけの檻にぽつんと入ってしまった。これは早々抜けられそうにない。いや、抜けちゃぁだめよ、ということなんでしょう。
もう少し、ここでやってみたい。わたしも珍獣の仲間入りをしたい。
まだまだ皆さんのような珍獣には遠い小生ですが、どうかよろしくお願いいたします。
ドロップアウトと友人
私たちが日常営んでいる「生産(労働)」→「消費」→「生産」のサイクルを広義の「現実世界」とする。そしてこのサイクル=「現実世界」から逸脱してしまう行為をドロップアウトと呼ぶならば、その言葉には少なからずネガティブなイメージがつきまとう。
そして、今まさに一人の若者がこの現実世界からドロップアウトしようとしている。
そのドロップアウトが具体的に何を指し示すかは、彼の「テーマ書」を実際に読んでいただきたい。
「彼女にふられて自転車世界一周反省の旅」
彼とは大学入学当初から同じサイクリング部 の僚友として、卒業後も連絡を取り合ってきた。もう8年来の付き合いになる。確かに、「彼女にふられて自転車世界一周反省の旅」 というものを企画しても、不思議と納得できるようなタイプの人間である。恐らく、昔からのその行動特性などからも、彼を知る誰もがそう感じているものと推測する。
だが、今までとは様相が少し違う(と、私は感じている)。
彼は、彼が社会人生活の中で触れ、感じた「世の中」というものに対して、憂いを感じている。その「世の中」を真剣に変えたい、と思っている。
「テーマ書」からも読めるように、どこかしら一般的な若者とは違う純粋な感性に支えられた強さと滑稽さが彼にはある。彼の特性から、どうしてもその「滑稽さ」が前面に出てしまうのだが、今回だけはその奥にある真剣な「現実世界」に対する強い眼差しが、私にひしひしと感じられる。
その眼差しを具体化するための、最短かつ最も過酷なルートを彼は選択したのだ。
無論、今回の旅を無事終えられる保証はない。終えられなかった時の保証もない。しかし、彼がその「眼差し」を持ち続け、私もまた自分の目標を見失わない限り、きっとまた出会えるものと信じている。きっと、目指す山頂は彼も私も同じであるという確信が私にはある。
だから、旅立つ決意をした彼の姿を見てあらためて自分を奮い立たせる、という様なことはない。
私は私のやり方で頂上を目指す。だから、貴方は貴方のやり方で、自分の人生を歩んでほしい。
そう思うのみである。
友よ、また会おう。








