祖母 | まず深呼吸しよう

まず深呼吸しよう

タイトル、諸事情で変更しました

生後3ヶ月で、喘息と診断されて、今も吸入が手放せないけれど、それは、カクセイイデンと言われてきた。母方の祖母が、喘息があり、昔のこと、モルヒネを自分で打ってたとかいないとか。その他にも何かとからだの弱い私は入院を繰り返した。それに付き添うのは、母ではなく祖母だった。病院の食事に辟易したわたしに、近くのレストランからおかずを買ってきてくれた。コンビニもないころのこと、どう頼んでたのかな。その頃から、達筆で読むのに苦労したが、よく手紙をくれた。
成人式や結婚の時は、着物を選んでくれた。そして初のひ孫になった子供に、手紙をくれるようになった。

そんな祖母よりずっと元気で、100才まで生きると言っていた祖父が、少し足りずになくなったときも先に入院していた。それから、祖父のいなくなった家に帰ることはなく、施設から病院へ移って4年くらいかな、去年、祖母は敬老の日に100才のお祝いを賜った。その時は99歳。そして、今年100才になった。7ヶ月すぎて、何度も危篤と言われてきた。いつ何が起きても、もう、不思議ではないと。

そして、その日が来た。最近行ってなかったけど、おばあちゃんはそのときのまま、眠っていた。

もう、祖父と住んでいた家はない。でも、今でも思い出す。わたしの喘息に胸を痛めてたこと。入院してワガママなわたしに、根気よく付き合ってくれたこと。結婚の準備に嬉しそうに付き添ってくれたこと。祖父がわたしをからかうのを、ケラケラ笑って見ていたこと。施設や病院に子供を連れて行くと、大きくなったねぇと、昔の話をしていたのが、だんだん、昔のことは言わなくなり、でも、大きくなったねぇは相変わらずで、手を握ってなくようになったこと。。。

 

今の病気のことは言わなかったけど、不安になると、おばあちゃんより先にはいけん。。。と思ってたよ。思えば、自分のためというより、周りのために最近は生きていた気がするよ。そして母や兄弟姉妹、つまりは子供達の気持ちが、生かせてたようにね。お通夜の時、みんなが悲しいけれど、充分に頑張ったし、やれることはやったし、心構えもできているように見えたよ。

本当にありがとう。うちのお母さんが、あなたの長女が一番参っているけど、もう少し今度は私たちのために、頑張ってくれるかな。

ありがとう、おばあちゃん。本当にありがとうね。