53回目の血液透析が終了。
今日の穿刺は全然痛くなかった。
前回ハチャメチャに痛かった分、無痛穿刺のありがたさが身に沁みる。
ていうかなんやったんや前回の穿刺は。過去最高に痛かったよ。
血管痛も酷くて、刺さっている針の主張がすごい。刺し直しを提案されたけど、なんかもうそれも怖いので断る。
なんやかんや針を調整してもらって妥協点を見つけて、4時間やり過ごしました。
あれに比べたら今日は極楽。
こうしてハイブリッドで血液透析を始めて一年経つのですが、今日初めて同じ患者さん同士でほんの少し会話をしました。
これは私が話さないのではなくて、見たところ誰も患者同士で話しておりません。
夜間透析は男性がほとんどで、乗り合わせた電車の乗客同士のように、話さず目も合わさずな感じ。
夜間透析は皆さん来院時間がバラついているし、コロナ以降ロッカーや更衣室が使用禁止なため、コミニュケーションを取る機会も必要もない状態ですね。
来院→体重測定→そのままベッド直行と、とてもスピーディ。
もうこの方法に慣れているので、透析前の着替えとか煩わしく感じてしまいます。
シーツ類は毎回ベッドを使用するごとに交換しているのでとても清潔。
個人的にはこのあっさりサッパリした患者同士の温度感気にいってます。
それぞれが一匹狼で心地よい。
なので今日初めて他の患者さんに話かけられてびっくりしたね。
透析終わりに体重測定に行ったら、先に測っていた高齢のお兄様がいらして、私に何かボソボソと声をかけてきた。
うまく聞き取れず、「え?」と聞き返したら、
お兄様「透析やってるの?」
自分 「!?そうですよ?」
お兄様「若いのに可哀想に…」
自分 「!?ヘヘ…(笑)どうも」
このように哀れに思われた場合ってなんて返すのが正解なんですかねえ。
いや〜そちらこそそのお年で大変ですねえとか言うべきだったのかしら。
いやでも、あのトーンは本気で私のこと哀れんでいたから、なんかウッとなって咄嗟の言葉が出なかったんだよな。
高齢で透析に通うというのはかなり大変なことなのだろうと容易に想像できる。その経験からくる同情の可哀想。重みと迫力があったわ。
可哀想かー。
あまりそうは自分のこと捉えてないのよね。どちらかというと喜怒哀楽の怒。
なんで私がよりにもよってこんなめんどくさい病気にならんといけんのじゃ!の怒です。
不毛な感情かもですが、怒りのエネルギーが人を突き動かすこともあるのです。