カモメが遊ぶ江東深川小名木川
豊臣秀吉が天下を取っていた時代、徳川家康は秀吉から箱根の東、未開の地に体よく追いやられ、石高こそ増えはしたものの、実際はお米など取れない貧しい土地を貰ったのでした。しかし利口な家康は不平不満を言い立てず、きっと何年かのちには日本を全部自分の物にするのだから、今のうちに開発しておこうと思ったのでしょう、利根川、荒川の流れを変え、新たに利根川水系を利用した、舟運による物資流通の為の掘割を作りました。利根川、荒川が上流から運んでくる大量の土砂の堆積によってできた洲や島が江東区の江戸時代初期の姿です。我が家の周り二百メートルには、東に横十間川、南に小名木川、西に大横川、北は現在埋め立てられ高速道路が走っていますが、竪川、と川に囲まれています。小名木川は行徳の塩などを江戸に運ぶために開削されました。今は「塩の道」と名付けられて、市民の格好の散歩道となっています。