ショートストーリー

【セピア sepia】


「ねえ、セピアカラーのセピアの語源って知ってる?」

 いつものイタリアンレストランで彼女に投げかけられた質問に僕は答えられなかった。

「セピア」語源までは知らないがそれは僕が好きな色だ。「色」という表現が正しいのかは定かでは無いけれど、イメージとしては全体的に淡く茶色がかった様な「色合い」「トーン」かな。

「セピアカラーってよく言うけれど、何となく好きなんだよねぇ。なんと言うか、古い写真や映画、それとアンティークショップの雰囲気って感じで、なんだか郷愁を誘うよね」

「それとさあ、夕暮れ時もセピアって雰囲気だと思わない?夕日が街全体を染めて暮れなずんでいる雰囲気って私大好き!今日はちょっと小雨模様だけどね」

 僕と彼女は夕暮れ時の街並が好きだ。そしてそんな街並みが窓越しに望めるこの席で夕暮れ時に食事をするのが大好きだ。

「今日は何食べる?たまにはセピアにしようか?」

「え?セピア?そんなメニューがあるの?洒落てるねぇ。だけどイメージわかないなぁ」急に変な事を言い出した彼女に僕はチョッと面食らった。

「あのね、イカ墨の事をギリシャやラテン語ではセピアって言うんだって。だからイカ墨のパスタやリゾットはみーんなセピアなんだよ!」彼女はネットで得た知識を得意げにひけらかし、ふたりは微笑んだ。

 メニューのイタリア語表記を見てみると確かにイカ墨のパスタとリゾットの欄に「sepia」って載っている。

 僕らが好きな夕暮れ時の街並みも、古い映画も、アンティークショップもみんな語源はイカ墨!僕のイメージが少しだけ崩れた。

 でも「セピア」って言葉の響きはやはり素敵だ。僕は何年か何十年か経ってもその言葉を思い出すたびに彼女と過ごした今日のこの時を想うのだろう、きっと......

 ふたりはイカ墨で真っ黒になったお互いの歯を見て笑いながらパスタとリゾットを頬ばった。

                              Fin

 セピア【sepia】

JIS の色彩規格ではごく暗い赤みの黄色。