名も無き小説

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街を歩く一人の青年。
カメラワークはその二つの両目。


それから二つの両脚。
一つの首振り。


まだ見ぬ境地(土地)への不安と期待。
底ならぬ好奇心と待ち受ける落胆。


我々の若さと老いというもの。
老いてしまった者は、知識がなければ何の役にも立たぬ。


この世の中の仕組みを知るということは、
一見変哲なコンピューターの基盤の意味を知るようなものだ。


つまりその構造を分解して組み立てられるということだ。
この世の中を構成している必要なパーツの一つ一つの意味を詳細に熟知しているということ。











その者、その人は、俊敏で鈍感な心を拒絶した、鈍才で繊細な人でした。
ただ外側からは、その悩ましき心中は何も映りませんでした。
というのも、外側に映ったものは、滑稽なおのれだけでした。





水没する螺旋階段。沈水していく螺旋階段が見える。
ジワジワと......底から水が襲い掛かってくる.........。





Kは、人を見てると、何故か悲しい気持ちになっていた。
理由は......特にない。(あっても言えない)

その人の苦しみは、その人にしかわからないものだから。
自分は何も苦しくない、自分には何もわからない......。

だからこそ、他人を傷つける人は沢山いた。
自分が嫌だと感じるものを、直ぐに嫌だと言い放っていた。

その内、心が蝕まれてしまいました。
人はいわば、偏見で形作られていたのでした。

理由は支配欲か何かで、人の弱みにつけ込んでは、傷つけて弱らせて、そして笑っているのでした。
そうする為の道具には、偏見をよく使っていたということです。
そしてそうすれば、人はとても簡単に苛々できるのでした。





ときにはバケツを被らされ、暗闇と不安の中を彷徨いました。
ときにはお手々繋いで二人ぼっち。一人ぼっち......。


それが人生で、私は人を見ていると悲しくなりました。
そして何もする気が起こらず。メランコリーな憂鬱の渦中に落ちていくのです。

人はそんな自分を叱りつけました。
トロトロとしていてダメな人間の姿だと罵りました。





自分は不意に感傷ぽくなっているのでした。
独りの知り合って間もない女が、俯き加減でゆっくりと、ゆっくりと歩いていて、どこか悲しくなりました。
しかしその後自分に、満面の笑みを溢して見せてくれました。

悲しい人の見せる笑顔こそが、本当の笑顔なのかもしれない、とそのとき感じて、嬉しさと悲しさが入り交じりました。







胸いっぱいの愛を込めて。
この手記を読んでいる、その誰かは、自分の居場所というものを考える人なのでしょうか。
どこにいても同じ人なのでしょうか。
居場所は自分自身の手で、どこか別の空間に創るものなのでしょうか。
人と人はどこかで繋がる<Link>

どこかで繋がっているような気すらするのです。ただ現実世界という名の、何の観念も表に出ないそのフィール

ド上では、沢山の素敵なドラマは起こったとしても、目に見えて別の世界という名の、魂と魂が会話するような

、そんな空間はそれ程あまり存在していないような気がするだけなのでした。


あっという間に終わって、あとがきすら、また罪悪感。
また少し形を変えて、再びまた現れる日が訪れるのでしょう。
その頃には、その罪悪感なんてもう消えているといいですね。

--;

またまたコンフュージョンに陥った。
そんなもんというわけで、そこが壊れている部分でした。
大分修復されていたような氣もする。
若干マインドが、軌道に戻ったかと思いきや、また外れるみたいなね。
現在調整中のアーケードゲーム機かと。