
桜の開花予想とかテレビの番組に春の訪れを教えられることになんだか違和感をおぼえて、週末、バイクにまたがり近くの町や村を訪ねて自分にとっての春をさがしに出かけた。
そして鈴鹿の山の麓の小さな村で、満開の黄色い花をつける一本の「ミツマタ」の木と出会った。
実物を見るのは初めてだったが、三本に分かれた枝先に花をつける木なんてそうざらにあるものではないから、それが「ミツマタ」であることにはすぐ気がついた。でも「ミツマタ」って4mも樹高があっただろうか? 確か「ミツマタ」は「コウゾ」と並ぶ和紙の原料で、ススキやせいぜいがヨシぐらいの背の高さで群生するのではなかったか。いや、それは「パピルス」がススキやヨシのような草だという思い込みがあっただけなのだろうか。
畑作業をしていた村の老夫と立ち話をして、その疑問が解けることとなった。「ミツマタ」は通常、3年目に刈り取りをし、その頃の背の高さは実際に僕がイメージしていくらいのものなのだ。かつてはこの村でも紙漉の原料とするために山の傾斜地で盛んに栽培されていたらしい。春になると村の山肌の「ミツマタ」畑が一面黄色に染まり、それはきれいだったらしい。
しかし、西洋紙が普及するにつれ「ミツマタ」の栽培は廃れた。村人は代わりになる現金収入を期待してスギやヒノキを植林した。そうした山村を黄色に染める春の景色は失われ、この「ミツマタ」の木が唯一当時の春の黄色の名残りとなっている。
