箱のようなきわめて小さな舟を岸から四、五間乗り出して、釣りを垂れていた三人の人がいつのまにかいなくなっていた。湖水は瀲も動かない。
二人がどうして一緒になろうかという問題を、しばらくあとに廻し、今二人は恋を命とせる途中で、恋を忘れた余裕に遊ぶ人となった。これを真の余裕というのかもしれぬ。二人はひょっと人間を脱け出でて自然の中にはいった形である。
夕靄の奥で人の騒ぐ声が聞こえ、物打つ音が聞こえる。里も若葉も総てがぼんやり色をぼかし、冷ややかな湖面は寂寞として夜を待つさまである。
「おとよさん面白かったねい、こんなふうな心持ちで遊んだのは、ほんとに久しぶりだ」
「ほんとに省さんわたしもそうだわ、今夜はなんだか、世間が広くなったような気がするのねい」
「そうさ、今まではお互いに自分で自分をもてあつかっていたんだもの、それを今は自分の事は考えないで、何が面白いの、かにが面白いのって、世間の物を面白がってるんだもの。あ、宿であかしが点いた、おとよさん急ごう」
恋は到底|痴なもの、少しささえられると、すぐ死にたき思いになる、少し満足すればすぐ総てを忘れる。思慮のある見識のある人でも一度恋に陥れば、痴態を免れ得ない。この夜二人はただ嬉しくて面白くて、将来の話などしないで寝てしまった。