心は正直。

幸せが襲ってきた後も、また現実に飲まれそうになる。

「私はまだまだだ…」 「何もない」  とかね。

襲ってきても、受け止める。

「あ、そう思ってしまったんだね」

「本当にそうなのかな?」

と周波数を戻しにかかる。


私は幸せでしかない。

私は豊かでしかない。


そうだった!!それでしかなかった。

思い難いな…💦そう思っても、ひたすら、

だってそうだよ!今目の前の現実は、全て、良いも 「悪い」 も叶っている。


元々、ネガティヴの塊の私。

ネガティヴは『ダメなこと』 何度もそう思っていたから、必死にポジティブになろうとした。心の声を無視して。


今は、ネガティヴもとても大切だと理解した。じゃないと、望みに気付けない。

自分が何を創ろうとしてるのかさえ、惰性に繰り返してしまう。

この『負』と扱われる感情から、本当の望みではないことを考えているよ?のサイン☆

強烈なネガティヴこそ、未来に何を現実として見たいのか、何故そこに「不快さ」を感じているか?何が不快なのか?

「私は」どうありたいのか?


そちらに必死に目を向けるようになる。

なぜ?


未来の私に幸せを与えたいから。


それ一択。

常に「今」が、これからのスタート地点ならば、私は創造していくんだ!

現実で何が起きても、

「本当の私」は幸せでしかないんだ。


何が起きても。

それは過去の私の創造だから。

自分で創ったものは、自分の責任。

ふぃーーーーと言いながら受け止める。


「不快」を与えてくると感じる人すら、私が過去に感じたモノを現実に現してくれるだけの存在。ありがたいよね。そんな役してくれて。

私に気付きを与える役をしてくれている人。

私を望みに向かわせてくれる人。


負すらも、とても大切で愛しい感情。

私を幸せへと導く、愛でしかない感情。