昨日の午後、面会があった。

18年前、看護学校学生の時の担任の教官であり、
4年前のワタシに看護学校の助手に就くよう勧めてくださり、上司でもあった方だ。

看護師養成所専任教員研修への推薦もしていただいた。
結果としては、研修に行って頑張っていて残り3ヶ月でこの病気になり、運悪く、厚生労働省の予算削減で閉校になり休学も出来なかった訳だが…。

先生は昨年、定年で退官された。
30年看護師育成に携わり、今は近医の看護部長である。

今年1月、ワタシが肺炎で危篤になったときもICUに来てくださったそうだが、ワタシは覚えておらず。
感染がこわいから遠慮していたが、今回の髄液への転移を知り、どうしても会いたくなったと。

学生の時の、先生が指導してくださった言葉が今でも脳裏に蘇る。
ワタシにとってはナイチンゲールなのかもしれない。
色々な話をして時間を過ごした。

先生のご主人はワタシが学生であった18年前に倒れられ、その後3年前にガンになり、今でも介護を続けている。余命宣告を越えて今も頑張っておられる。

お互い話すことは、いきつくところ、看護教育の現場のあり方と、教師が目指すべき姿の事ばかり。

日常の中にある看護の場面を話していると、
自分がこのままここで終わる気が一切しない。
この病気で教科書に一切載っていない貴重な学びを得たことを、自分自身や次の世代に如何に伝えていきたいか、未来の事しか浮かばない。

ワタシには、この経験が「今」必要だったのだと、つくづく思う。

終わりではない、始まりなのだ。

来年の春、母校そばの河原で、青空の下、一緒にお花見をしようと約束をして笑顔で別れた。
素晴らしい時間だった。