保守とリベラル | KCR総研代表 金田一洋次郎の証券アナリスト日記

保守とリベラル


 自民党総裁選真っただ中。各人の論説もいよいよ佳境に入った感があるが、永田町の論理は、我々庶民感覚とは、かなりズレていることがあるだけに、誰が次の総裁になるかは予断を許さない。

 この論戦の中に、「保守とは何か」という視点で、識者が様々な考えを示しているのが興味深い。昔は自民党=保守だったという。保守本流は、吉田茂を支える政治家が中心だった。その歴史の中で反吉田茂勢力が中心となって第二保守ともいうべきグループが結成されていく。分かりやすい対立の構図は宏池会と清和会ということになろうか。

 どちらも自民党なのだから、政治に疎い庶民には益々、分からなくなるが、少なくとも今の自民党が保守一辺倒でないことは確かである。

 保守の反対は、リベラルだ。東大名誉教授の御厨氏の定義によれば、分断された社会の中で、それでも堅実な人生観を持てば生きていけると考えるのが保守であり、そうした社会を批判して何とかしなければならないと考えるのがリベラルだという。

 それでは分断された社会とは一体、何を指すのだろう。目の前に問題があり、そこを解決していくのが政治家である以上、すべからく何とかしなければならないと考えているはずであり、狭く見ればすべてリベラルということになる。

 そうではなく、ここは絶対に変えてはいけないと考えるのが保守ということであれば、変えていけないものとは何ぞやということになる。つまり定義自体がかなり曖昧で、御厨氏もそれが分かっていてか、自民党における保守とは融通無碍とあっさり指摘している。

 分断された社会が意味するものが貧富の差であるならば、所得の再配分で少しでもその差を縮めようとするのが反対野党の考え方のような気もするが、一党独裁の弊害は諸外国の例を見ても勘弁願いたい。

 総裁選の次には、衆院選が待っている。自民党員ではないから総裁選に口出しはできないが、いっそのこと、自民党が真っ二つに割れてくれれば、2大政党となり、かなり政治が分かりやすくなると思うのだが。総裁選では、各陣営の政策の違いは明らか。原発一つとってみても、同じ政党内でこれだけ意見が違うのだから、いつ分派してもおかしくはない。総裁選はその試金石のような気もする。

金田一