中学校に入ったばかりの頃、廊下を歩いてると先生に呼び止められた。
「おい、ちゃんと全部ボタン止めんとあかんやないか。」
?
初めは何を言っているのか意味を掴めなかった。
話してみると学生服のボタンを全部閉めろと言っているのが分かった。
自分は新陳代謝が高く体温が高めだったので、第二か第三ボタンまで開けていたのである。
このボタンは段階的に温度調節をする為に付いているのではなかったのか。
「”ちゃんと”ボタンを全部閉めよ。」
この先生は一体何を言っているのか、、と困惑した。
次第に学校においてボタンを開ける=悪となっていることを認識する。
先輩たちでボタンを開けている人たちの中には、ボタンを開ける=悪という前提の上で敢えて開けている人がいるということも分かり始めた。
何故悪なのか?と問うてもいっこうに論理的な答えが帰ってこない。
はたしてこのカルト的組織の中に三年間も所属していて自分は大丈夫かと愕然とした。
以降、学校をたまに休み奈良や京都に出かけたり家で遊んだりして学校と一定の距離を置き、学校を観察することとなる。
そのお陰で学校のヘンテコさと素晴らしさが観え、中学生活は楽しいものとなった。
中学で見つけた解
A. 躾と洗脳は本質的に同じである。 ある小学生の作文大会の大賞作品を新聞で見た。
ぞわんと目を開く衝撃。
それは倒置法や擬人法をよく駆使した文章だった。
どうすれば大人が喜ぶのかのみを考え作った機械的な文章。
文章を書く人間なら誰でも気づく。
小学生に対して非常に残酷でグロテスクだと感じた。
以上二点の経験を主に踏まえ、漠然と子育てについて考えていた。
・躾はどうしてもその人の主観が入ってしまう。
・躾(特に親から子への)は必要。
どんな塩梅かなぁってな事をグルグルさせながら実際自分が親になる時が来~た~!
ちょうど先日小児科に行った際、受付であるeduという月刊(?)誌を見つけた。
”たっぷり「甘えさせる」
すると、子どもは自立します”
ピーン。
「持出禁止」と書いてあったので「”持ち出す”のは禁止だけど”持ち帰る”のは良いですか?」と聞いてみようかと思ったけどやめた。
”「親のいうことを聞かない子」というのは、「その親がいかに子どものいうことを聞いてこなかったか」を表す指標”
雑誌は持ち帰れなかったのでこの記事を書いた佐々木正美さんのネット記事を紹介。
「過保護と過干渉」 一つの参考とさせていただく。
今のところ子育てに関する確たる自分の解は以下である。
人間の善し悪しは相対的である。ゆえに子育ての善し悪しも相対的である。
よって
A.子育ての絶対的な正解はない。 この解から次のことに注意したい。
・シェアすることは大切であるが、他人(特に次の世代)に自分の子育て論を強要しない。
・それぞれの親がそれぞれの子育てを常に模索し、解を探し実践し続けることが必要。
さて夕方涼しくなったらお散歩です。
ある日曜日に眠っている生後一ヶ月の息子を膝に乗せて
Kackey@dabigtree