祖父が亡くなったときのはなし


日射しがだんだんと強くなってくる季節のこと

僕は当時、アパートを借りて一人暮らしをしていた。

ある朝出かけるとき、鍵がドアノブに引っかかった。

急いでいたので、ストラップがちぎれるほどの勢いで引っ張って走った。


バイトから戻ると鍵が開かない。

んん?

…よく見ると鍵が根元からポッキリと折れてる。

朝、引っかかったからだ。

鍵穴とストラップでテコの原理が働いたらしい。


不動産屋に行く。

夕方なので鍵の修理は明日以降になるとのこと。

しょうがないので、祖父のアパートに泊めてもらうことにした。

電車で一時間。


市営で介護サービスつきのアパート。

多数の応募から運よく抽選された。

父が世話のため同居していたが、祖父はそのとき入院していた。


夜中、急に電話が鳴る。

嫌な予感――

病院から祖父の危篤を知らせるものだった。

すぐに父と二人で駆けつける。叔母夫婦も呼ばれる。

祖父は、全員の到着を待つようにして静かに息を引き取った。


ポケットには折れた鍵。

ああ、


そうか。

きっとじいさんが呼んだんだな。

近くに住んでいながら普段全然顔見せなかったから、

俺の最期くらいは見ていけよ、と。

きっと呼んだんだ。

いたずら好きのじいさんらしい。


不思議と悲しくはなかった。

入院が長かったからだけではない。

長い闘いを終えたマラソンランナーを見ているような

尊敬と安堵と感動がまぜこぜになった

そんな気分だった。


自分は確かにこの人の血を引いてるんだ。

この人の長い長い道のりの中に

自分は存在しているんだ。

なんだか照れくさくも誇らしい。

新たな旅に立つ男へと

心の中で敬服の一礼をした。



初夏のそんな、








ホラー話。






天国でおばあちゃんと仲良くね。