母の命日は一昨年の10月25日です


家族で墓参に行きました


墓仕舞いをして

母は永代供養をして頂ける

合同碑に眠っているので

正式な法要ではなく


家族だけでこじんまりと

故人を偲ぶことにしました


母が亡くなって2年

「もう2年なの?」でもあり

「まだ2年なの?」でもある年月


会えなくなって2年

どんどん母が恋しくなります

毎日毎日母を思い出します


ひとつひとつのことばが

今になって


こういう意味だったんだと

母の深い愛情に気付かされ


何でそのときに分からなかったのかなと

自分が自分で残念です


私は母のようにはなれない

母は偉大でした


喧嘩もしたし

その母の愛情がウザったく

思えた時もありました


失わないと分からないことって

あるのてすね


母に守られていたから

自由に生きて来られたのに

邪魔にさえ思えた時代もありました


娘が大学を卒業し

巣立ち 結婚をして

よその家の人になった経験をして

はじめて

孤独になった母の気持ちを

私も経験し理解しました


母の寂しさに気付かなかった

今思えばサインは出ていたのに


強い母だったから

そんな素振りも見せないように

していたのだと思います


そして私は余白を読むのが苦手で

言葉は額面通りに

解釈してしまいがちです


なんでもっと母の気持ちを

理解してやれなかったのかなと

後悔ばかりです


今思えば寂しさ故の

言葉や行動はたくさんありました


私は当時気付いていたのに

気付かないふりを

していたのかもしれません


子育てと仕事と

自分の家族との暮らしで

精一杯で余裕がなかったから


今更いくら後悔しても

取り返しがつかないし


「お母さんが死んでから

いくらごめんねって謝ったって

もう遅いんだからね」


って母に言われた言葉だけが

頭の中で何度もグルグル

繰り返す


親孝行出来なかったね


お金を使ったり

物を買ってやったりして

親孝行したつもりになって


肝心なことが出来なかった


いつまでも

悔やんでいても仕方ないから


あとは残りの自分の人生を

なるべく後悔のないように

生きるしかないですね


久しぶりに家族が集まり

母の思い出話に

花を咲かせることが出来たことが

少しでも母の供養になればと

切に願います