ある自転車屋さんに、小さな子どもを連れたお父さんがやってきました。

 お父さんは、その子のための自転車を探しています。

 そして、わりと高めの自転車を選ぼうとしています。

 その時に、自転車屋さんが言いました。

「私は、沢山の方々が親子で自転車の練習をするのを見てきました。

 小さなお子さんが、自転車に乗れるようになった瞬間の喜びをよく理解しているつもりです。

 だから、私は少し安めのものがをおすすめします。

 初めてのときはよく転んだり木に突っ込んだりしますから」と。
 


 自転車屋さんにとっては、高い方を売った方が儲かります。

 でも、お客さんのためを思って安い方を提案しました。

 その結果、きっとその親子は自転車屋さんの言葉に納得し、信頼感も生まれたことでしょう。

 そして何年かして、もっと大きな自転車が必要になる時には、またこの自転車屋さんに来ることが予想できます。



 商売は、利他的行動と利己的行動のせめぎあいとも言われます。

 どうしても、自分の売上アップを考えてしまうのは仕方がありません。

 しかし、そこを一歩だけ利他的行動の方に軸足をずらしましょう。

 上記の自転車屋さんのようにです。

 そうすると、お客様は感情が動かされます。

 そして、売り手とお客様の間にある種の紐帯が生まれます。

 これが重要です。

 これにより、両者の関係は単なる売り手と買い手という立場から、情緒的な結びつきを持った関係に変わります。

 そして、買い物の際の購買先を選ぶ、強力な動機付けとなるのです。



 こんなふうに書くと、

「売上を上げるために、意識的に利他的な行動を取るというのは、下心があっていやらしい」

「これは、利己的な行動なのではないか?」

と思われるかもしれません。

 もしも利他的行動に徹するのであれば、値段を下げるとか、極端に言えばただで提供しろ、という人もいます。

 しかし、それでは商売が成り立たちません。

 お互いが、ウィンーウィンの関係となるのは大前提です。

 でなければ、お客様のためにもなりません。

 本当にお客様のためを思う売り手が増えることが、消費者とか社会全体にとって望ましいはずです。

 お客様も、普通は売り手が犠牲になってまで自分が利得を得たいとは思わないでしょうし、いい気持ちもしないでしょう。

 以上、近年はモノが売りにくくなったという声がよく聞かれますが、その場合はお客様との関係をもう一度見直してみるのも手かもしれません。