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●福岡市 カラーセラピスト養成コースを主催

今回は福岡市大名でカラー、オーラーソーマの資格認定校を運営されている「浜崎数未」様をご紹介させて頂きます。



●人は意外と強いんですよ!

「人って意外に強いものですよ。」 微笑みながら発せられたその言葉には、確かな重みがあった。

カラー専門校「フォー・カラーアカデミー」代表の浜崎数未さんが、自らの命の強さを知ったのは、ちょうど27歳のときだった。

子供の頃から憧れていたデザイナーの職に就いた浜崎さん。仕事が楽しくて結婚は考えていなかった。ところがある先輩の一言に彼女の人生は大きく方向転換する。

でもせっかくの縁を結び育てることは大切だよ」25歳で結婚を決意。

ただ「まだ仕事をしたい」と言う思いは心に残っていた。

27歳で出産。ところがその出産で彼女の命は危機にさらされる。

出血多量。目の前がだんだん暗くなり、呼吸ができない。酸素マスクなんて何の役にも立たない。薄れる記憶の中で、ただ耳だけは全ての音を聞いていた。

「でもひたすら何とか行きたいと強く願っていました」その強い気持ちが浜崎さんの命をつないだ。ICUに入れられて3日後、初めてわが子を抱いた時涙する自分がそこにいた。 生まれてきた命を大切にしようと心に刻んだ瞬間だった。

●育児の中で知った「色」の世界

「子供と過ごす時間は何よりも貴重でした」 そんな浜崎さんが″色″の世界を知ったのは、子供のためにと「食」について学んだときだ。

白、黒、黄、緑、赤の五色を意識して食べればバランスが良いなどと学ぶうちに、「色から分かることは奥深い」と体感。育児をきっかけに、色の世界に導かれていった。 独学で色を学びながら、数々の資格を取得。

「仕事に復帰しよう」と言う思いで順調な日々を送っていたが、30代半ばのときに第二の苦難と直面する。


●「苦難」から出会ったオーラソーマ

ある朝、目覚めると目の前が真っ白で何も見えない。病院でも原因が分からない。奇跡的に視力は戻ったが後遺症に悩ませられる日々が続いた。

そんなある日、とある新聞記事が飛び込んだ。

記事に写った色とりどりの液体が入ったガラス瓶を見て「これを飲んだら、私の目は治る」と何故か思い込んでいた。 その瓶は、オーラソ-マで使われるカラーボトル。

●オーラソーマとはの不思議な出会いが彼女の人生を変えた。

女性が自分らしく生きていけるようにそれから、彼女は日本初のカラーセラピーセミナーの告知を知り、すぐに参加を決意。

セミナー初日、外国人の講師に促されてカラーボトルを初めて手にした彼女に講師はこう伝えた。 「これからは、人前で話したり、本を書いたり、テレビに出なさい。」講師の言葉に疑問を抱えたまま、セミナーは終了。

ところが、そのセミナーは彼女に大きな変化をもたらした。 間もなく1件の講演依頼が届く。500人の前で話すとのが何より苦手だったはずなのに、淡々と人前で話す自分がいた。

それをきっかけに、浜崎さんは講演やメディア出演など、色の世界で目覚しく活躍し始めた。

そんな浜崎さんが起業を決意したのは「結婚、出産後も女性が仕事を続けられるように、女性が資格を取って自分らしく生きていけるように」と言う思いがあったから。

96年、カラー専門学校「フォーカラー アカデミー」を開校。

「出産、育児、そして色を通じて、生きることの意味を学びました。色を追求する事は、人生を追及することと同じ」これからは子供や母親に、色を通じて親子のつながりの大切さを伝えていきたいと、浜崎さんは言う。

苦難を乗り越え、色の世界に歩み続ける彼女の目の前には、まだまだ描きたい夢が色鮮やかに広がっている。

●フォーカラーwebサイト 福岡 カラー資格  

●フォーカラーモバイル 福岡 オーラソーマ資格