ミセスグリーンアップル🍏
公開中ドキュメンタリーフィルム
『THE ORIGIN』

2回目を観てきましたおねがい


以下、感想ですが
映画やパンフレットの内容を含みます⚠️




1回目を観てからの約半月
過去ライブドキュメンタリーやビハインド
テレビ出演番組のインタビューもいろいろ観て
映画のパンフレットをじっくり読んで改めて

「ミセスに出逢えたのは偶然ではなく必然だった」

ということを再認識しました。


私の中ではミセスを知ったあの日あの時の
感情が忘れられなくて重要で宝物のように
思っていて

確かにテレビの中の歌声と歌詞に惹かれたけれど

「音に乗った言葉」

に何よりも惹かれたんだと

今気づかされた。

ドキュメンタリーやビハインドでエンタメの裏側を見せてくれることの嬉しさの反面、何故わざわざそこまで見せるのか?その意味がわからなかったけど、こうして映画を観ることで、点と点が線に繋がるような感覚になっている。

エンタメそのものだけでも責任や緊張は計り知れないのに、裏側までそれを持っていくのは気の遠くなるようなメンバー3人共の覚悟と決意があったから。


『ミセスを続ける選択をした』


映画でもっくんのこの言葉が印象的だった。

この選択をすることの責任と重圧感がどれほどのものかというのをパンフを読んで知り、心が痛くなる。

過去のブログやインスタライブ、いろんな配信でもっくんはたくさんの言葉を残していて、辛い時悲しい時に勇気づけられたり慰められたりするのだけど、言葉の力って本当に凄いなと思う。

言葉達を音に乗せて、より多くの人に届けるために成される努力…それが楽曲制作の映画の中で見た21分間に全てが物語られている。

0→1の作業。

降ってくるなんてない、捻り出してるってって言うことを何かで話していたけど、それは本当で、自ら鍵盤を弾き、ギターを鳴らし、職人の物作りと同じように手作業で進めていく。
ただ、頭の中でイメージしているメロディが即興で弾いたり鳴らしたりできるところが天才としか言いようがない。

飽きてしまったら捨てる…かもしれないし

撮影も成功するかどうかもわからない…

立ち入ることのなかった聖域で
繰り広げられたあの場面は奇跡そのもの。


ほんの少し前までは存在しなかった…

紡がれた歌詞とメロディ。


監督やスタッフに見守られ

後にも先にもない唯一無二の楽曲

   『Variety』


ミセスの過去から未来に向けた

特別な一曲。





より多くの人に楽曲が届くように込められた
ひろぱやりょうちゃんの想い…

もっくんが表現したいことを忠実に再現したいと
2人は常々言っているけど、このVarietyの曲は演奏のテクニック云々よりも、もっともっと奥が深いマインド的なところに重きが置かれていると感じた。

「僕(もっくん)が歌を唄い
ひろぱとりょうちゃんが演奏で唄う」

テレビ出演か何かで耳にした言葉。


Varietyの間奏のひろぱのギターフレーズから
りょうちゃんのキーボードのフレーズに
移っていく部分が素晴らしくて、
本当に演奏で唄っているかのようで
感極まって泣いてしまう…

何度でも聴きたい…

ミセスで奏でる意味というものが
あの映画の中のfjord 1dayのVarietyのパフォーマンスのワンシーンにしっかりと刻まれていた。

ひろぱとりょうちゃんの血の滲むような努力は
以前から知っていて、個々のインタビューで吐露された本音は、とても痛々しいけれど
出る言葉は互いを思いやる優しさと愛で溢れてる。


ミセスの何から何までもが

〜愛おしくて尊い〜





ミセスがこの映画で伝えたいこと…

ミセスをちゃんと知ってほしい理解してほしい

そういう想いと


私が感じたのは

時代と共に言葉を可視化できる手段が増えたからこそ


「言葉」という重みを知ってほしい


そんなメッセージにも思えた。