〜前回のつづきです〜
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救急搬送されてから7日間
父は頑張って
時々意識を取り戻しながら
私達家族との時間を過ごさせてくれました。
テニスが大好きだった父。
家族と一緒にする時もあったけど
試合の時は集中できないからと
地方での試合も
いつも一人で行って戦っていました。
息を引き取る少し前まで
まるで右手にラケットを握るかのように
しっかりと拳を作り
最期まで闘いに挑むかのようでした。
父の頑張りに医師も看護師も驚いていて
本当に最後の最期まで諦めない
父らしい生き様と旅立ちの姿を
見せてくれました。
奇遇なことに
この救急搬送された病院が
父が定年までの数年間
薬剤師として勤め上げた病院だということも
不思議な巡り合わせを感じ
阪神大震災の最中
あの大変な医療の現場で働き
交通機関も麻痺して通勤に苦労しても
文句や弱音を吐いたことは一切なく
私達家族を守ってくれたことに
感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
今回、関わって下さった医療スタッフの方達も
家族の心に寄り添って下さり
心から感謝の思いです。
いつか別れがあるということは
頭ではわかっていても
あまりに唐突すぎて
なかなか実感として捉えることができず
身内を看取ることも初めてだったので
気持ちもふわふわと浮き足立っていました。
そんな中でも
家族としてやるべきことは山積みで…
母も高齢で行動がままならず
姉と役割分担しながら
どうにかこうにか
父が生前望んでいたような葬儀ができ
喜んでもらえたかな…なんて
そう勝手に思っています。
何より父の顔が
また目覚めるんじゃないかと思うくらい
本当に眠っているようで安らかで…
いつも安心感を与えてくれる
そのままの姿で…
最後まで甘えさせてもらったなあと
そんな気持ちにさせてくれるのも
父らしい…
本当に家族思いの人でした。
孫の誕生のすぐ後に父の死があって
これほどまでに生死を突き付けられたことがなかったので
生と死の堺って…
いったい何?何?何?…
そればっかりが私の頭の中で
ぐるぐると渦巻いていましたが
生きている側の者として
ようやく少しずつ受け止められるように
なってきたような気がします。
娘の出産がなければ地元に戻ることもなく
病院にも駆けつけられなかったかもしれない。
偶然なのか?必然なのか?
この数ヶ月は不思議なことでいっぱいです。
つづく…。
