今日、神は私と私の兄弟たちに、この上ないお恵みをお与えになりました。殉教の喜びが私たちに分け与えられたのです。私たちの聖なる師父フランシスコもそうですが、昔から多くの聖人たちが、殉教の冠がえられるならば、という熱い望みを心に抱いていました。でも神は彼らにその恵みをお与えになりませんでした。ところが、何の功も徳もない私たちにこの幸せが授けられたのです。ああ、何という喜び、何という喜びでしょう! 私たちは故郷を捨て、知らない国に来て苦難、労苦、困窮を忍びました。捕らわれて牢に投げ込まれました。牢の中では、この薄い衣服よりほかに、寒さから身を守るものは何一つありませんでした。しかし私たちがこれまで耐えねばならなかったすべても、わが主イエス・キリストの御苦しみにくらべるならば、この車をひく動物の毛のように軽いものに過ぎません。昔の聖人たちの中には、十字架上で死んだり、岩山から突き落とされたり、首をはねられたり、煮立った油の中に投げ込まれたり、火で燃やされたり、水に溺れさせられたりした者が多くいます。しかし彼らは皆、こうした残忍な行為を辛抱強く堪え忍び、私たちの主イエス・キリストの御名のために、喜んで死に赴きました。私たちは、主と同じような死に方を迎え、十字架上で死ぬことになるでしょう。私たちの主イエス・キリストは、ゲッセマニの園で血の汗を流されました。役人に捕らえられ、ピラトの裁きの庭の前に引かれて行きました。彼は、数え切れないほどの辱めと苦しみを受け、それから十字架上で私たちのために死んで下さいました。それによって、身にあまるお恵みを私たちに与えて下さったのです。愛する兄弟、姉妹たちよ! 私たちの主イエス・キリストは、私たち罪人のために、そのような苦しみを耐え忍び、聖なる御血を流されたのです。このことを決して忘れてはなりません。私たちの誠実さをもって、主に感謝いたしましょう! 神の恩寵を祈り求めましょう! 決して自分の力に頼ってはなりません! すべての苦しみを、私たちの罪の償いと思い、そして天国の幸せが得られるように努めましょう!
ゲルハルト・フーバー著・アンジェロ・アショフ訳「日本26聖人物語」聖母文庫p.147
上記は1597年1月4日、マルティン神父の言葉
24人のキリシタンが左の耳たぶを切り取られ、
3人ずつ牛車に乗せられて京都の町を引き回された
それから1ヶ月ほどかけて長崎まで徒歩で移動させられ
道中で自ら殉教を志願した2名が加わり
2月5日、長崎の西坂で26人が十字架に磔にされて槍で突き殺された
この処刑は太閤秀吉の命令によるもので
フィリピンの使者であると偽りを言い、許可なく滞在し、禁令を破って邪教を教えたためだという
しかし実際には、
処刑されたキリシタンの一人バプティスタ神父はスペインのフィリピン総督からの使者であり
彼ら外国人司祭や修道士たちはかつて秀吉のお気に入りであった
すでに1587年に禁教令が出されていたがフランシスコ会士の質素な生活ぶりに
多くの人々が好感し、信者が増え、教会や病院まで建てて活動するのを
当初は秀吉が直々に見に来て支援を申し出ることもあったという
ところが、
浅間山が大噴火して京都にまで火山灰が降り積もり
大地震が起きて何千人もの人が瓦礫の下で死亡
さらに大雨が数日つづいて河は氾濫、琵琶湖の水も岸から溢れ
農作物がダメになって収穫はなく、今度は飢饉におそわれ
しかも、朝鮮出兵は敗北に終わった
秀吉の侍医であり、僧侶である薬院はこうそそのかす
かくも大きな天災が生じたのはキリシタンの異端妖術を神々が怒り給うたから
すみやかに宣教師たちを追放し、国民をこれ以上大きな不幸からお守り下さい
でも、秀吉は取り合わなかった
しかし、
1596年10月、スペイン船サン・フェリペ号が嵐に遭い、土佐に漂着
強制的に座礁させられて積み荷を奪われた
金や絹織物の他に、大砲、小銃、弾薬などが出てきて、こんなデマが流される
スペイン王はまず宣教師を送って、その国の住民を改宗させ、それから兵士が乗り込んで、征服を成し遂げる
それを聞いて激怒する秀吉に薬院がこうそそのかす
スペイン船は攻撃の用意を整え、大胆にも上陸してきた・・・
天なる父の先触れとか申す連中は敵の回し者
彼らを自由にさせていたら、我が国の神々を滅ぼすも同然
1596年12月、秀吉は京都と大阪の奉行にキリシタンの名簿作成を命じた
はじめは約4千人ものリストになったが、
京都奉行石田三成らの政治的判断により身分の高い者は削除されるなどして
24人まで絞り込まれた
囚人たちは3人ずつ牛車に乗せられて引き回される
左耳だけが切り取られ、鼻までは切られなかったのは石田三成の配慮であった
引き回しが長時間、町のあちこちで行われたのも石田の判断
引き回しは見せしめのためだけど、逆効果になることは目に見えていたのだ
町中の人々が通りに出てきて
多くのキリスト教徒たちが群れをなして8台の牛車の後に従い、
ロザリオを唱えたり、聖歌を歌ったりした
進めば進むほど、行列はますます大きくなり
異教徒たちも感動せずにはいられなかったという
外国人6人と12~14歳の子ども3人を含む日本人18人に
道中、自ら殉教を志願する日本人キリシタンが2人加わり26人
京都から長崎まで800㎞もの道のりを助け合いながら歩き
誰一人脱落する者なく、殉教の喜びに目を輝かせながら最期を迎えた
マルティン神父は処刑前の最期の告解の後、次のような説教を行った
私たちを待ち受けている死は、わが主イエス・キリストの死に似ています。このようなお恵みが分け与えられるために、私たちが一体どんな功しを立てたというのでしょう。たしかに、もはや天のパン、聖なる主の御体を受けられないことは残念です。これは、ひょっとしたら私たちがまだ十分にふさわしくないからかもしれません。私たちはすべての罪を告白しました。そして今、この世で私たちに残されているのは、間もなく死ぬという願いだけです。わが主イエス・キリストの模範にならって、たとえ刑罰がどんなにつらかろうと、じっと耐え忍びましょう。少しの怯気も見せないようにしましょう。神の御助けと聖母マリアの取り次ぎを願いましょう。さらに私たちの師父聖フランシスコと守護の天使たちに祈りましょう。十字架上の死によって罪を許されたのだから私たちは天国に入るのだ、といった奢りを持たないようにしましょう。いやむしろ、十字架上の死を、私たちの罪の償いと考えるようにしましょう。
ゲルハルト・フーバー著・アンジェロ・アショフ訳「日本26聖人物語」聖母文庫p.168
理不尽にも殺されるというとき
天国に入れるという奢りをさえ持たないという
自分はなんておごり高ぶっていることかと思う
信仰のことはよくわからないけど
病院を建て、多くの病人を癒してきた人たちが殺されたことには憤りを覚える
でも、これは同じ日本人がしたことなのだ
それに、宣教師は軍隊の先遣隊だ、みたいなことは僕も信じてるところがあった
でもよく考えてみると、
高度な航海術があるから宣教師が来日することができたんだ
高度な航海術があるということは、その技術と物量をもって強力な軍隊ができるのも必然なんだ
だから、宣教師と軍隊がセットに見えてしまうけど、それは錯覚なんだ
素直にそう思う
それから、いきなり敬語にかわりますが、
7月下旬くらいからキリスト教関係のサイトやメルマガ読んでます。
お陰さまでとっても勉強させていただいてます。
ところが、昨日から周囲の空気に不穏なものを感じています。
私としては、お世話になっているキリスト教関係のサイトやメルマガの皆さまが心配です。
たまたま私の検索にかかっために、厄介なことに巻き込んでしまって
本当に申し訳なく思います。
かといって、私から一方的に打ち切るのも悪いし、
今後の展開がみられなければ、このまま悪評が立ったままになってしまうし・・・
どうか、私のことは気になさらずに聖書日課等をつづけて下さい。
或いは、私に対して厳しめの内容にしてくださいますようお願いします。
ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。
それと、ケータイ占いの方には失礼を書いてしましました。
今日ずっと考えてたら、午後になってようやく気付きました。
牧師さんが、さそり座の占いまで読んでるってことがわかってから配慮せざるを得なくなったんですね
これくらいのことも想像して理解することができないでいました。
すみませんでした。