昨日の記事が

心理学でいう投影じゃないか

という批判を暗示されている

 

心理学でいう投影とは

自分の悪い面を認めたくないとき、他人にその面を押しつけるような心の働き

 

 

投影なら

昨年6月からとっくに

自分に解禁してブログ書いてきた

 

どうして今さらそんなこというかな?

と思ったけど

 

表現方法に制約があって不満がたまってるのかな

 

極端なたとえをぶつけてくるのも

仕方がないかと思い直した

 

 

 

HKのブログを読むと

自分が彼女に思い込みを押しつけた過去を自戒している

 

投影してはいけないこととその理由を暗示してくれているのだろう

 

それにしても

こんなにもさわやかにかっこよく

表現できるものなんだなと感心する

 

 

 

たしかに

 

僕は本当に彼女を好きになり

多くの人に認めてもらうことを意識して

愛のことばをつづっていた

 

 

ところが

 

地位や名誉を利用しない

という鉄則 

 

自分から退いちゃいけない

という思い

 

投影はしない

という人知れずストイックな忍耐

 

自分の欲望をさらけ出す

という使命感

 

 

僕はこんなに考えて言動してるんだ!

君にだけはわかってほしい!

 

そう思ったんだけど

冷静に振り返ってみれば

そりゃわかるわけない

 

 

地位や名誉を利用しないからこそ

みんな祝福してくれたし

彼女も好意をもってくれていたのに

 

僕は丸腰の自分で努力して

彼女のそばにいて支えてあげることができなかった

 

 

だから結局

利用してたんじゃないか?

 

上手に圧力かけて

彼女から近づいてくるようにしてたんじゃないか?

 

とか思われてしまうのだろう

 

 

 

でも実際は

日々の生活をご覧の通り

 

僕は

女性との駆け引きがものすごくヘタだ

 

どんなに好きな相手にも近づくことが難しい

 

相手からこちらに近づかせるなんてことは

なかなかできない

 

営業もヘタだし

業者に圧力かけて条件を引き出すなんてこともできない

 

だから

地位と名誉にものをいわせて圧力をかけて

彼女をどうにかしようなんて

 

僕にはありえないことだ

そういう発想は出てこない

 

 

問題はもっと単純で

 

自分にとって世界でいちばん美しいと思う彼女に

僕はどうしても近づきたいと願い

その思いを思いつくままにつづってきた

 

できないことにあえて挑戦するのはいいにしても

あまりにも無策で臆病だった

 

そういうことなんだと思う

 

 

 

先週金曜日

師匠に退職願を書いて出した

 

供述の毎日だったから

 

仕事に集中できなくて申し訳ないから辞める

と書いたんだけど

 

つまりは娘さんとの話も辞退するということ

 

 

僕は思い知らされたんだ

 

よく知らない相手との結婚を前提に

周囲の人から囲い込まれて

仕事のレールが敷かれていく

 

こういう体験は初めてだった

 

それに暖かくてしっかりした家族は

僕にとって憧れであり

育ちのよくない僕の結婚とっては必須のようにも思えた

 

それでもだ

それでも・・・やっぱりだ

 

何かが足りない感じがした

 

何なんだろう・・・?

 

 

ちょっともう

それが愛だなんて

僕にはいえない気がしてる

 

 

とくに2005年11月から

彼女が感じていたのは

こんな気持ちだったのかな?

 

そう思った

 

 

 

退職願には

みんなへの感謝のことばをいっぱい書いた

師匠には退職した後もずっと弟子でいさせてほしいと書いた

 

そしたら昨日

ゴルフ道具はあげるよ

といわれ

 

さらにゴルフのビデオを4巻

貸し出されてしまった

 

 

次の仕事の予定は

まだない

 

 

とりあえず

ゴルフがんばるのだ

 

 

 

 

 

では、おやすみなさい☆