今日、日経新聞の朝刊を読むと

 

最終ページの文化欄に

 

「未来派宣言」の100年後

 

という見出しが目に飛び込んできた

 

イタリア文学の和田忠彦先生の記事

 

 

 

吾等の歌はんと欲する所は危險を愛する情、

 

威力と冒險とを當とする俗に外ならず

 

イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによる「未来派宣言」第一綱領

 

1909年2月20日に『フィガロ』に掲載されて

 

同年3月12日には森鴎外によって翻訳された

 

わずか3週間後には日本においても未来派誕生が報じられたことになる

 

 

パリ、ベルリン、モスクワ、フィレンツェ、ローマ

ニューヨーク、トウキョウと瞬く間に世界中に広まり

新しい芸術が出てくればひとまずは「未来派」と呼ばれ

 

キュビズム、表現主義、シュルレアリスム

すべてがない交ぜにされて「未来派」と呼ばれたりもした

 

すべてが動く、すべてが駆ける、すべてが瞬く間に過ぎ去っていく。

ひとつのかたち。

ひとつのかたちがわたしたちの前でたたずむことなどありはしない、

際限なく立ち現われては消え・・・・・・

 

「未来派絵画―技術宣言」

 

 

100周年の今年2月20日をボローニャで過ごした先生は

 

ローマを経てミラノまで展覧会や催しを鑑賞してきた想いを述べ

 

こうしめくくっている 

 

 

いまでも時折耳にする、世界の芸術遺産の半数以上がイタリアにあるという言い草の背後にひそむ驕りめいたなにかに、あたらしい未知の文脈をぶつけることで想像力をはばたかせること――未来派の出現が百年かけて途切れずに教えているのは、じつのところ、こうした歴史や権力の呪縛から、わたしたちのことばや精神を解き放つことであったのかもしれない。

 

 

 

ひとつのかたちが守られる力があってことは

新しいものが次々と現われる力もあるということ

 

この相対する力関係が文化を活性化し

いろんなものごとを変えていく原動力になっていくのかもしれない