今日の日経新聞を開くと
「日本外交に友愛ありや」という記事がある


日本人のキリスト教信者は人口の1%くらいらしいが
戦後の首相30人中3人がキリスト教徒だから10%になるという
麻生首相もカトリック教徒だそうだ


わたしがあなたがたを愛したように、
互いに愛し合いなさい。
これがわたしの掟である。


友のために自分の命を捨てること、
これ以上に大きな愛はない。


上記の引用からは集団的自衛権の問題へ
PKOやODAには打算のみならず友愛の精神もあるという


ソマリア沖海賊対策については
自国の船舶のみ守るというわけにはいかないだろう
海上保安庁にしろ海上自衛隊にしろ
テロや盗賊に対して武力派遣をするからには
国籍もへったくれもなくなる


目の前で他国の船舶が襲われていたら
なんとしても守ろうとするのは当然のことだ


ただし法律の改定をどのようにするかは難しいだろう
ターゲットが何者なのか?現場ですぐに判明するわけではないし
これができるようになればあれもできるようになる・・・と
戦前戦中の例を持ち出して突くことはいくらでもできる


官僚に完璧を無理に求めれば
官僚のワタリや姑息な自己防衛はますます強まるだろう


しかし誰かがやらなければ・・・
僕らの生活が維持できなくなるおそれがある
世界の平和が達成できなくなるかもしれない


核兵器は先進国の協力がなくても作られる
通常兵器も小型化し破壊力を増していく


何が起こるか?未来を実証できない状況に対して
どんな対策をとるか・・・


専守防衛が軍の暴走を抑えてくれるわけではない
軍が本当に暴走しだしたら法律もへったくれもなくなる
軍の暴走を抑えることができるのは
軍人と政治家、国民の知性と十分で公平な情報だと思う



ちなみに
僕は学生のころ一応は左翼だったので
あの頃お世話になった過激派の先輩には
上記のようなことは今でもちょっと言いにくい


最近、十数年来の友人から毎日ようにメールをいただいている
教会の日課である聖書購読の信者向けのメールを僕にも送信してくれている


3児の母であり牧師である彼女はむかしからいつも陽気でパワフルだ
学生のときは主に女性問題に取り組んでいた


僕が学生の時に性犯罪をしでかしたと知って
リスクを顧みず励ましてくれているに違いない
本当に申し訳なく思う




友のために自分の命を捨てること、
これ以上に大きな愛はない。




信仰の力は偉大だ


自分がしでかした過去に追い詰められて
神仏にすがりつくしかなくなって
信仰に走るのは危険だけど


聖書を読んでいて思う
イエスがやってたことに信仰もへったくれもない


どうにかしなきゃいけないって状況が
たしかにイエスの目の前に実在したんだ


聖書から学ぶということは
聖書で語られる状況を
現在の自分自身と自分をとりまく状況に
適切に変換してあてはめてみること
まずこれが必要だと思っている





それにしても
集団的自衛権の放棄という日本国憲法の理念について
聖書における友愛の精神をもってくるのはどうかと思うけど


日本以外の先進国はほぼすべて
キリスト教的価値観に強く影響されるそうだ


欧米では自分は無神論者だという人は少数派だけど
宗教を信仰している人とはこう違うんだ
人がなんと言おうと自分はこう生きるんだという
信念をちゃんともっている


日本では信仰がないという人が多数派だけど
宗教や神仏の存在とか倫理、道徳について
あまり考えていない人がほとんど


日本人多数派の傾向は村八分の慣習で
とにかくまわりの人たちと同じことをする
違うことをしてはみ出さないように気をつける
変わったことをする人がいるとすぐ後ろ指をさす
<個人>というものは西洋に比べて希薄だ


どんなに前例がなく
いかに変わり者であっても
自分の言動に説明責任を果たすことができれば
それが実存として認知されるのが西洋のルールだと思う


日本人による西洋のへたなものまねは後を絶たない
個人主義を語ってもオリジナリティは希薄で
村八分をやってしまう集団アイデンティティを補強するものにしかなってない
つまり集団への帰属意識に「個人主義」というラベルを貼り付けているだけで
変わり者をみつけると相変わらず畏れるか攻撃するかのどちらかになる


「脱亜入欧」からもう100年以上過ぎたけど
日本人が自分たちの本質的にいいところを残していこうと思うのなら
西洋文化の本質を理解して上手にまねができなくてはならないし
西洋のものまねを通じて日本の本質に気づいていく
比較文化的な過程が必要だと思う