ニュースというのは実にいろいろなことを伝えてくれるけど

中には他人事ではない自分の身にも降りかかりそうなこともあるし

自分が被害者であるばかりではなく加害者でることを想起させるものもある


同じニュースでも

新聞やテレビやネットで

ずいぶん違う報道がされていることもわかる


世界中、日本全国では

他にも報道されていない事件や事故があるけれど

それらは報道機関の編集によって取捨選択されていることもわかる



それでもなお

僕がメディアの伝える出来事に

おとずれの一部を期待するのは

メディアを信頼したいからだ


まちがいがあっても

誤解があっても

憎しみあうことがあっても

いつかは必ずわかりあって信頼できると強く信じている


どんなに時間がかかっても

いつかはちゃんと伝わると信じることができなければ

そもそも僕が伝えたい思いや考えそのものが存在し得ないから


だから

自社の都合による恣意的な思いばかりではなく

公正と客観性、倫理、状況判断に基づいて

編集、報道がなされることをどこまでも期待し続けている






昨年の3月

僕はみんなの期待を裏切ったことについて謝る

何度でも謝る

本当に申し訳なく思います


自分よりも何よりも

守りたい人を守るつもりだったけど

正直いって本当にそうできたわけではない


掟と絆の間にゆれる彼女をみるにつけて

あまりにも辛くて辛くて

彼女への愛情と憎しみに引き裂かれた自分が

過ちを犯しては償うという繰り返しが

2006年11月から2007年5月上旬にかけて続いた


ブログやメッセージで書いたものは

どこまで人に読まれているかわからないから

いずれは多くの人に読まれるものとして当初から意識していた


でもそのことが

おそらく半年以上もの間

ずっと彼女ひとりの胸の中で負担になっている

ということに気づくことができなかった

自分はなんて愚かだったのかと思う


少なくとも彼女といっしょに仕事する人たちは

全面的に彼女の味方であってほしい

観ると辛くなるし腹が立つこともあるけど

2007年4月ころからずっとそう願っている


もう何の関係もない赤の他人であっても

彼女を守り続ける責任を忘れないでいよう