ドッカイデキナイ=DN

ドッカイデキル=DD

とおくと


DN→DD

が成り立つ


だろうと思う


ちょっと長文だったり

ちょっと難しい文章があるとすると

DNからDDに至るまで傾斜勾配ができる

文章によってそのグラフ曲線はずいぶん異なるだろう



恥ずかしながら僕自身

20代の頃はテレビドラマの解釈すらよく間違ってた

妥当な解釈に至るまでに1週間かかることがよくあった


1週間も前に観たドラマをふと思い出して

観た時とは違う角度から思い起こしてみると

もっと妥当な解釈が浮かんでくる


電車に乗ってるときや

風呂入ってるときや

仕事の真っ最中に

ふと気づいて

すっかり勘違いした解釈の間違いに

ひそかに赤面する


1週間が

長いと感じる人もいるだろうし

短いと感じる人もいるだろう


本を読んだりドラマや映画を観て

妥当な解釈に至るまでの時間


それは自分の成長に伴ってだんだん

1週間→2~3日→翌日→数時間後→数分後→リアルタイム

こんなふうに短くなっていく

と考えることもできる


実際にはこんなふうに順調にはいかなくて

3歩進んで2歩下がるって感じ



それに成長には個人差がある

DNがいつまでもDNではない


DDがいつでもDDだとも限らない

人はコンディションによってずいぶん変わる



職業による変化も考えられる

たとえば現代マスコミ最盛期の現在

新聞社やテレビ局に勤めてる人たちは過酷な競争を勝ち上がってきてる

当然そのリテラシーは平均よりも高いはず


しかし

入社してからも過酷な競争

毎日の仕事は過酷なスケジュール

ゆっくり休んでじっくり考える仕事は希にしかない

たいてい次から次へと仕事をこなしていかないとやっていけない

立ち止まって考える余地などない


そんな毎日を過ごしていると

よく考えないと解釈できない文章を

いつものノリで読むと

誤読になってしまうことがあるだろう


ゴドク=GD

とすると


DN→GD→DD

となったりするかも




この本については100%DD

この映画については100%DN

こんなんじゃ歴史ある国の文化とはいえない


DN~DDの傾斜勾配

常に少しずつ成長していく個人と

何世代も重ねていくうちに

途方もない年月をかけて成長していく県民性や国民性


DN→DDの成長を

暖かいまなざしで見守る成熟した文化








おやすみなさい