プライバシー侵害

よく聞く言葉の一つだ

見られたくない物や自分
聴かれたくない音声
知られたくない事実
認識されたくない心の部分

人は皆ある程度お互いに
過度な詮索を露わにはせず
プライバシーを尊重しあうことで
円滑なコミュニケーションを図っている

だとしたら

コミュニケーションがどうしてもとれなかったら
過度な詮索をむき出しにして
プライバシーを露骨に侵害してでも
欲望の赴くままに
事実を知ろうと躍起になる

かもしれない


そして知り得た分だけの事実から常識に照らして
こうであればああだ!
ああであればこうだ!
と次々に方程式を量産していく

実は・・・
知りたがる当人たちにとっては
それが真実であるかどうかは
あまり問題ではない

コミュニケーションが疎遠になると
相手にまつわる事実を知る機会が減る
すると相手に対する不安が増える

自分を攻撃しようとしてるんじゃないか?
自分を陥れようとしてるんじゃないか?

不安から恐怖に発展し
それが集団になると
恐ろしいスピードで加速する

先手必勝とばかりに
情報収集して事実をかき集め
陣を張って
さあ、かかってこい!
なんてことにもなる

せっかく集めた戦友たちに
戦利品を約束する予算編成
君には愛情
君には友情
君には賞賛
・・・

問題は真実ではなく
戦いそのものを生きる冒険
それが真実である必要はない

そんなことより
人生を楽しくいきいきと生きていくために
事実とは違うと分かりきってる
夢を演じきることの方が大事

事実よりも夢が大事
真実よりも夢が大事

真実を裏付けることよりも
都合のいい思い込みに浸りきって
ノリのいい冒険を続ける方が
楽しく生きられるんだから

1人くらいのプライバシーなんて
1000人が楽しく夢みて生きるためには
どうってことない

なんて思ってしまうのかもしれない

これも一つの現象だ



それにしてもこのプライバシー
人はなぜ知られたくないことを持っているのか?

世の中が便利になったっていけばいくほど
人は知られたくない事実を増やしていく

すると
それを知られないようにする商品も増えていく

プライバシーもお金で買えるようになっていくと
お金持ちほどプライバシーが守られ
セレブがますます神話的になっていく
かもしれない

そんな風にまでシステム化していく社会で
格差がひどくなっていく状況に違和を覚えるなら
僕らは何ができるだろう・・・

よくいわれるのは
万人のプライバシーを法律で保護すること
実際この方向で進んできた

でもこれにもたいへんなコストがかかる
全体でみんな一律にコストをかけるんだから
平等だと思いきや
やはりスケールメリットがますます際立つ結果になり
かえって格差は広がるみたい

じゃあどうすりゃいいんだ?


一つ発想の転換をしてみると

みんなが自分のプライバシーを
コストをかけてまで守ることを
やめてしまったらどうだろう?

それでもコミュニケーションが
円滑に進むようになったらどうだろう?


みんなが一斉に同じような物を
欲しがってしまう/買わざるをえない
なかなか成熟しない市場社会で
寡占状態からくる過酷な状況

生きにくい世の中

そこへ少しでも風穴をあけてやる
CHANGE

になるかも