日経新聞朝刊社会面によると、死者13人、行方不明10人を出した岩手・宮城内陸地震から14日で2ヶ月。宮城県栗原市耕英地区などはこの間、土砂崩落で集落が孤立、住民の生業収入が途絶えた。仮設道路の完成で孤立は解消したが、ライフラインの復旧遅れなどから一時帰宅が認められるだけで避難は長期化。市は支援策を打ち出したが、生活再建への道は険しい。

 「畑の収入はゼロ。この先を考えるときりがない」と耕英地区の農業、大場浩徳さん(48)。6-7月はイチゴの出荷や、秋に収穫する大根の種まきができなかった。例年、イチゴや大根は年収の約8割を占める。
 今は建設会社のアルバイトで工事現場に通い、日当は約8千円。一時帰宅などもあり毎日は働けず「家族7人が食べていけない」と頭を抱える。
 イチゴのハウス栽培を手がける千葉雄喜さん(35)も収入が途絶。出荷できない損害は約2千万円に。再開には新たな借金が必要。「続けたいが、やめた方がましと思う時がある」と漏らす。
 片付けに2ヶ月はかかる見込みで、「週2,3回の一時帰宅ではとても春の栽培に間に合わない」と不安を隠せない」
 イワナ養殖業、数又貞男さん(57)も耕英に立ち入れず、成魚や稚魚が死んでしまい、ふ化場などにも亀裂が入った。産卵は10月末から11月。今年生まれる魚は再来年の出荷対象になる。「毎日餌をやって太らせないといけないのに・・・・・・」
 それでも14日、震災以降初めて、イワナの塩焼きなどを販売。購入客の多さに「励まされた」。「父の代から40年以上養殖をしてきた。今更ほかの仕事はできない」ときっぱり語った。

 とっても美味しそうなイワナの塩焼きが写真に写ってます。何があっても続けたい仕事があるっていうは素晴らしい。自分の職業についてノウハウも情熱ももっている。被災したこと以前に、こういう人たちこそちゃんとサポートされるべきだと思う。
 それにしても、6月のあの地震の映像は未だに脳裏に焼き付いている。山がまるごと滑って崩壊したみたいだった。農道らしき道路も寸断されていたから、あの先にある田畑の手入れもできていないのだろう。現代にもたらされた新しい生活スタイルは、住むところも職業も比較的容易に変えることができる自由を可能にしたが、かといって土地に根ざす生き方を否定する理由などない。全体として選択の自由が可能になって、私たちはより多様にそれぞれの生き方を追求できるようになってきてるはず。なのに、それがうまくいっていないのは何故か?災害はどうしても起きる。いずれは起きる災害に備える制度や慣行、ジョーシキをどうするか?が問題だ。
 みんながみんな一斉に流行に流される稚拙な大衆から、ちょっとずつ少しずつ自分の頭で考える個人が増えていく成熟した社会へと、私たちが成長していくことが災害に強い社会を実現していくんだと改めて思う。