駒の湯温泉で昨日見つかった遺体は経営一家の長男、菅原孝夫さんであることがわかったそうです。故人のご冥福をお祈りします。

 現在、この地震による死者は10人、行方不明者はあと12人ということになります。さきほど72時間が経過しました。足場が悪く、余震も頻発、雨まで降ると二次災害が懸念される危険な現場でがんばっておられる警察、消防、自衛隊、救助ボランティアなどのみなさんにはくれぐれも気をつけて救助活動をつづけていただきたいと思います。



 昨日の日経新聞夕刊によると、総務省消防庁の発表で、岩手、宮城、秋田など5県で16日午前8時半までに判明した負傷者は231人、岩手、宮城、秋田県で計272人が避難生活を送っている。

 日経新聞朝刊によると、道路が寸断され孤立状態にあった栗原市の住民約50人が昨日救助され、住民の孤立状態がほぼ解消されたとなっている。
 栗原市の農家人口は2005年2月時点で、約3万7千人と市民の約半数を占めるが、農作業は60歳を超えた夫婦が担う例が多い。水田の約4割が山間地にあり、避難所生活で様子の確認すらできない人もいる。農林水産省によると、損壊した農業用水路などは75カ所。農業用ダム貯水池への土砂の流入も6カ所で見つかった。一関市西部から流れ出る磐井川が土砂崩れでせき止められ、下流の小河原などの一帯では「渇水」の兆候もあるという。避難生活をしている住民は、毎日様子を見て、大切に手入れしてきた田畑のことが心配で気が気でない様子。

 この岩手・宮城内陸地震は阪神大震災に匹敵する規模のエネルギーだったという。内陸部の山々が崩壊している映像を見ると、ものすごいエネルギーのすさまじさが伝わってくる。たまたま内陸部で起きたので、街や都市での景観はほとんど変化が見られないらしい。避難所生活をされている272人のみなさんが、これから生活をとりもどしていくサポートをしていく必要がある。しかし、それはこれまでのケースと比べると違うところがある。山間部の小さな村に還っていくにしても、その山々が大きく変ってしまっている。農地までのアクセスが寸断されているのを復旧しようにも、地盤の関係でどうなるかわからない。お年寄りにこれからの生活を大きく変えてもらうなんて、あまりにも酷なことでお気の毒でいたたまれない。それでも新しい生活を見つけてもらう提案をしていく必要があるのだろう。