標高1375mの鶴見岳に見守られる別府温泉街は、明治四年に造られた港から発達した。約1200年前に鶴見岳が噴火してできたのが蒸気や熱泥が噴出する地帯で、現在は「地獄巡り」として観光地になっている。
立命館アジア太平洋大学が出来て以来、今や東京に次いで外国人の多い街。様々な国籍の人が住んでいる。
別府駅前通りで最も象徴的なビリケン人形のお店、メインメニューはとり天とだんご汁。

彼女(ビリケン)のちょうど目線の先に見えるのが「胡月」ぎょうざとビールだけで勝負するぎょうざ専門店。マジでうまいらしい。
北へ50mほど歩くと海門寺。別府湾の沖合にあった瓜生島と久米山島が慶長年間の大地震で海に沈んでしまった。その久米山島にあった寺のご本尊だけが流れつき、当時海岸だったこの地に建立されたお寺。クロマツが立派で樹齢200年。一度赤くなっていたところを蘇生して今は元気。
別府市内には150もの温泉があり、戦時中の空襲で焼け残った古い建物が現在も使われているところがある。写真の海門寺温泉は、1階が温泉で2階が公民館。温泉の料金は1回だと100円。30回分だと1,890円。市民だと一月600円らしい。そのため、自宅に風呂がなかったり、風呂場が物置になってる家が普通。近年、この地域に新築されるマンションの多くは、共同の温泉浴場つき。
駅前通りに戻って最も象徴的な温泉の建物が、駅前高等温泉。英国の民家調の建物の温泉。高等湯と並湯に分かれていて、泉質は変らないらしい。高等湯はアメニティーグッズが販売されており、並湯はそれがない市民向け。2階は宿泊できて、料金は看板のとおり。
狭い路地に入ると、隣の「旅館清水荘」のお風呂の窓が見られる。木造のガラス窓で湯気を逃がすようにできている。
昔、田んぼだったときのあぜ道がそのまま路地になったような狭さ。
竹瓦界隈の猫は街中なので比較的警戒心がつよいらしいが・・・。
看板のかかってない組合温泉。地域の組合員しか入れない。例えば、土地の26世帯限定とか。機械は設置されてなくてもっぱら自然湧出なので、人が入ってないと音がしない。別府にはこのように看板のない組合温泉がひっそりといくつもある。
これはせま~い路地奥にある市民温泉の看板。組合温泉ではない。
別府にはこのような足湯や手湯があちこちに点在している。夜中には酔っぱらいがお風呂に使ってしまうことがあるらしい。
竹瓦小路のアーケードは大正10年築の木造。消防法にひっかかるため、なんとかして保存しようという運動があり、その一環として「たみこの夢弁当」がある。予約制で一日30個限定販売。小さいのに食べるとボリュームがあって本当に手作りの味がしておいしいとのこと。
竹瓦温泉は明治12年に造られ、当時の屋根は竹で葺かれていたので竹瓦と名付けられた。現在の建物は昭和13年のもの。向かって左が砂湯。右が普通の市民温泉で男湯と女湯。3つとも源泉が違う。
写真に撮ってなかったけど、かつて市場だったという狭い通りがある。一見して普通の路地に見えるが、2階建て家屋に挾まれ、まっすぐに伸びるその通りは戦後の市場だった。戦災で家族を亡くし、身寄りを失った人たちが集まり、八百屋、魚屋、乾物屋・・・と自給自足的にそれぞれがお店を開いていって市場になっていった。1階がお店で2階に居住していたが、現在は普通に人が住んでいる。市場だった当時の語り部は「大山洋服病院」のおじいさん。お洋服を補修して治すから「洋服病院」って、かわいい。
「路地裏散歩」が終わってお茶とお菓子をいただいた後、一人でもう一度同じコースを歩いてみたらすぐ道に迷った。夕方、竹瓦温泉横町に入ると、ところどころにおっちゃんが立っている。「おにいさん、ソープどう」と声をかけられる。一瞬思った。ソープも温泉かな?・・・・・・・・やっぱりやめといた。

