今日はいい天気◎
摩耶山天上寺に行って
先日持ち帰った「お願い地蔵さん」をお返ししてきました
阪急神戸線王子公園駅を降りて
30分ほど坂を登ると摩耶ケーブル駅に着きます
途中こんな標識があります
摩耶ケーブルの車両メーカーは日立製作所
摩耶ケーブルと摩耶ロープウェーを乗り継いで
掬星台に到着 いい眺めです
今日は行楽日和で多くの家族連れが来てました
でも、寒かったです(((゜д゜;)))
掬星台から眺める神戸
摩耶山天上寺に着いて
摩耶夫人尊に手を合わせ
摩耶山天上寺の賽銭箱には葵の紋がついている
そして、
一願地蔵尊に向かいました
「お願い地蔵」さまの一願が叶ったら
このように納めて「納め地蔵」さまになります
むち打ち症の完治を一願として
この2週間お祈りしてきました
まだ完治ではありませんが
一旦落ち着いてお仕事に復帰できているので
これにて一願叶ったということにいたします
あとは痛みがゆっくりフェードアウトしていくでしょうから
いつ治ってるのかはっきりしないでしょう
ここでしっかり願を解いておきました
左手で「お願い地蔵さん」を持ち
右手で剣印をつくり
「臨兵闘者皆陣列在前」と唱えて
十字を斬りました
中学生のときになぜか覚えた呪術
ていうか、これしか知りません
こうして願を解くことまでしたのには
ケガの完治という一願の他にも理由があります
私の考え過ぎかもしれませんが
どうもいろいろと符号することが多いので・・・
こんなこともあるんやね~って
笑っておもしろがってもぜんぜんいいのですが
私はつい考えてしまう質でして・・・(^^ゞ
これって私のケースに似てるのかな?と思っています
親は決して口を割りませんでしたが
私自身思いっきり願をかけられて生まれています
両親の故郷では
「16歳になったら山に登って願を解くように」
との言い伝えがあるくらいです
でも、私は何も知りませんでした
初めて山に登ったのは32歳になったばかりのときでした
16歳のころからいろいろと悩むようになりましたので
ちょうど人生の半分を悩み苦しんできたように感じていました
「願」というのは自分一人とか家族などの集団でお願いするものですが
その行為はもっと広大な言語体系や行動様式と影響し合います
「北京 で蝶が羽ばたくと、ニューヨーク で嵐が起こる」という
バタフライ効果とは違うけど、参考にすると
遠くて関係ないはずのものに、無意識のうちに影響されてしまう・・・
ということは考えられるかもしれないと思うのです
こんな人になってほしい
こんなふうに育ってほしい
等々
親御さんは色々な思いを込めて我が子を産み育てます
願ったことがそのまま叶うわけではないけれども
みんなが何かを願いつつ日々生活している間に
「願」と縁のあるものと結びついていく・・・
このように考えると「願」もあながち迷信だとは限らなくなります
そして、興味深いのは
どうして「願を解く」という言い伝えがあるか?です
一つ私が思うのは
「願」のとおりにどんどん結びついていくと
今の生き方が、前の世代の生き方と同じになっていきます
すると集団や民族が生き延びる可能性が広がらないでしょう
もしかしたら、それを避けるためではないか?
血が濃くなるのを避けるために隣村の若者と集団見合いさせる
という知恵を時間軸に置き換えたような考え方です
といっても、人生は数十年というスパンでとても複雑です
途中で別の「願」と「お見合い」するわけにもいきませんから
とにかく、十分生きたところで「願を解く」しかないんじゃないか?
そして、自分自身が願うことを目指して生きていけばいいでしょう
こんなふうに考えてきたところで
あ~俺も運命の「願」を解いて自由に自分の願いを叶えたい!
なんて思ったりするけど、よく考えてみると
俺の願いは、俺を縛り付けている「願」の上に乗っかってるのか!?
ということになって、なんともやりきれなくなってしまいます
私の願い事はパートナー探しだけではありませんからね
人間社会はかくあるべし、みたいな信念をたっぷり持っています
難しい人間になってしまいました
だから、やっぱり・・・・
でも、やっぱり・・・
あーーー!!!すべてがうっとうしくなってきたーーー!!!
と思ってしまうこともあります
とりあえず、今はちょうどいい静養の期間でよかった~
とにかく、「願」ということについて
思うところを述べてみました
みなさん参考にしていただければ幸いです
太陽のような笑顔の人も
理想的に美しい人も
私に縁の武家の子も
みんな好きだよ
これをもってケジメといたします
ふしぎな縁でおもしろかたです
みんな本当にありがとうございましたm(_ _)m
このブログは文字通り日記としてつけていきますので
私が生きていることは確認できるようにしておきますネ☆
じゃね(^-^)ノ~~




