なんて書いていいのか、誤解を生まないようにするにはとか考えてたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
例えば、俺が「酷い惨状でした」と書けば復興に力を注いで来た人に嫌な思いをさせるかもしれない。
「大分キレイでした」なんて書けば当然の様に不快な思いをする人がいるだろう。
でも、ひとつ俺が思ったことは、行って良かった。
今回は大学の頃に所属していたサークル(サンタ競技スキー同好会)の現役生にたまたま釜石出身の子がいて、その子の母親が幼稚園の先生をしてるとのことだったので鍵盤ハーモニカを持って行かせてもらった。
結構急だったにも関わらず一緒に行ってくれた後輩の川又とたがじゅんに感謝。
鵜住居幼稚園というところにお邪魔させてもらった。
土曜は休みなのに園長先生と、お母さんが待っていてくれた。
個人のお金では本当に少ししか用意出来なかったけど、本当に喜んでくれてこっちが嬉しかった。
それだけで行った甲斐があった。
園長先生が、震災から大分経って、ボランティアの数とかが減って来てるのを感じてるらしい。
お金、物資は勿論、人手を必要としているところはまだまだある。
まだ過去にするには早い。
自分で動けなくても身近に復興支援をする人がいれば協力して欲しい。
俺はサラリーマンだから、震災以降今まで以上に真面目に働いているつもり。
日本を支えているのはサラリーマンだと信じてればもう少し頑張れる。
ほとんどの場合、お金を稼ぐのは悪いことじゃない。
それが日本の為になる。
(別に俺は右とか左とかじゃないよ、多分。笑)
というか、何もわかっちゃいないけどこのままじゃ日本はきっとマズいと思ってる。
俺が行って来たところは車でいう交通の便は回復していて、東京から宅配を頼めばそれで届く。
物を届けるだけならわざわざ高速代を払って、時間を割いて行く必要はない。
「甲斐があった」なんて書いたけど、そんなものを求める為に行くのは間違ってるのかもしれない。
何が正解かなんて俺にはわからない。
現地の人が喜ぶ顔を見る自分の為に行ったのかも知れない。
身近な震災当初から行動する人には大いに影響された。
それも自分。自分の信じる行動を。
まとまらないままですが読んでくれた人ありがとうごさいました。
これを読んで、復興支援に再度目を向ける気になる人がいたり、アルバイトでも、少しでもいいから真面目にやってやろうって気になる人がいたら、それこそ、行った甲斐があったってなもんです。
顔が暗過ぎる。。笑