部屋の明かりを落とすと、
白いワイシャツの袖口だけがかすかに浮き上がった。
彼女は深く息を吸う。
いつもと同じように、
自分の身体が何を感じているのか、確かめるように目を閉じる。
胸の奥の鼓動が、ゆっくりと、
そして少しずつ速くなっていく。
その変化を、彼女はまるで研究者のように静かに観察する。
「今日は、どんなふうに波が立つんだろう…」
理性が先に立つ彼女の時間は、
最初はとても静かだ。
興奮ではなく、
“生理的な変化をひとつずつ拾っていく作業” に近い。
呼吸は浅くなり、
太ももの付け根にわずかに熱が集まる。
その熱が体幹へと伝わる感覚に、
彼女の喉がやわらかく震える。
いつもは言語化してしまうプロセス——
胸が締まる、下腹が温かい、首筋が敏感になる。
ひとつひとつ丁寧に把握して、
身体の地図が塗り替わっていくのを確かめる。
けれど、
熱が一定の深さに達したとき、
彼女はふと瞬きを忘れる。
理解しようとする意識が、
一瞬だけ、指先から離れる。
「……あ」
声にならない息が漏れた瞬間、
彼女の肩がふっと落ち、
身体は理性の枠の外へそっと踏みだす。
頭の中が白く揺らぎ、
観察が追いつかないほどに感覚が濃くなる。
自分で理解しようとした現象に、
自分が追い越される。
理知的な女性にとっていちばん甘い瞬間は——
理性が溶けていくその境目だ。
息が乱れ、
喉の奥が痺れるように震え、
ただ“感じるしかない状態”へ落ちていく。
思考がゆっくりと剥がれ落ち、
彼女は自分の内側だけで満たされた。
嵐のようではなく、
静かな湖の底でひとつ泡が弾けるような、
深く、静かで、逃れようのない高まり。
そして、
何も言葉にできない余韻だけが、
ベッドの上にしばらく漂っていた。
***
窓辺にかかったレース越しに、
夜の街の光がゆらゆら揺れていた。
彼女はその光を眺めながら、
胸の奥で何かがじんと温かくなるのを感じていた。
理由ははっきりしていない。
けれど、心がほどける夜というものは、いつも突然やってくる。
「今日、なんだか…満たされたい…」
そう思うと同時に、
身体の奥に、柔らかな疼きがゆっくり広がった。
情緒で動く彼女にとって、
始まりはいつもこうだ。
感覚よりも先に、感情が波立つ。
誰かに触れられたいわけでも、誰かを思っているわけでもない。
ただ、
“自分の奥にある何かを抱きしめたくなる”
そんな衝動に、そっと身を委ねる。
膝を抱えてベッドに腰を下ろすと、
心がほどける音が聞こえそうだった。
ふわりと息を吐くたびに、
胸が甘く締めつけられ、
下腹部にじわじわと熱が滲む。
その熱は、
感情の余韻が身体へ落ちていくような質を持っている。
切なさや寂しさが、
同時に愛おしさにも変わるような、そんな混ざり方。
彼女はそっと目を閉じる。
まぶたの裏に浮かぶのは、
今日交わした言葉、
ふいに見た誰かの微笑み、
胸をくすぐった優しい記憶——
そのどれもが、
胸の奥を甘く震わせる。
「……あぁ、こういう気持ち…久しぶり…」
両腕を自分の身体に回すように抱きしめると、
呼吸がゆっくりと深くなる。
体温がひとつ上がったように感じられ、
太ももにかすかな震えが走る。
抱きしめた感情が、
だんだん身体の深い場所へ落ちていき、
気づけば呼吸が震え、
背筋をそっとしならせる。
胸の奥から広がる甘い波に、
彼女はひとり静かに身をゆだねた。
「……こんなふうに、やわらかく溶けていくの…好きだな…」
ゆっくりと波が引いていくと、
彼女はベッドに横になり、
シーツを胸まで引き寄せた。
余韻がまだ身体の奥にぽうっと灯っていて、
それが心ごとそっとあたためてくれる。
「自分を大事にできた」という安堵。
“心が満たされていく過程”。