男の性感ほど、味気ないものはない――


それが、彼の長い観察の果てに辿りついた結論だった。


動画の中で、男たちは一様に同じことをしている。

自分の性器を握り、機械のように前後へと動かす。


「いきそうだ」

――その言葉を合図に、白い液体を放出する。


そこには演技も表情もなく、ただ物理的な刺激の連続と、生理的反射の終着点があるだけだ。


男はそれを、科学として観察した。


男性器は亀頭と陰茎から成り立ち、性感帯として知られる亀頭には、意外にも感覚受容体がほとんど存在しない。


擦られているのは多くの場合、亀頭と陰茎の境界――いわゆる裏スジだ。


そこには圧受容体が密集している。


しかし、勃起した途端にその感覚は鈍くなる。

海綿体を血液が満たし、皮膚は膨張し、神経は圧迫される。


感じるはずの場所が、感じることを忘れてしまう。


摩擦はただ、骨盤神経を緊張させる。その緊張が限界に達すると、神経が命令を放ち、射精反射が起こる。


その瞬間、腰の奥にわずかな電流が走る。

たった一瞬、しびれるような感覚が生まれ、すぐに消える。


――それが、男に許された“快感”の全てだ。


彼は中学の頃から、その快感を長引かせようとした。

毎晩、椅子に座り、陰茎をゴムで縛り、裏スジに指先で刺激を与える。


射精反射を起こさず、感覚だけを保てないか

――そんな実験を何百回も繰り返した。


だが、結果はいつも同じだった。


張り詰めた何かが、くしゃみのように破裂する。

白い液体がドクドクと漏れ出し、緊張がほどけると、すべてが終わる。

残るのは、虚ろなスッキリ感だけだった。


それでも、当時の彼は満足していた。

排泄が終わり、心が落ち着く。


それを“性の営み”と呼ぶならば、男の世界は静かで、合理的だった。


だが、大学に入り、女性の性的反応を知ったとき、その平穏は音を立てて崩れた。


女性は、震える。呼吸を乱し、声を漏らし、全身で“感覚”を生きているように見えた。

彼女たちは、身体全体で絶頂に達する。


それを見た瞬間、男は悟った。

――自分の射精は、なんと小さく、哀れなものか。


女性のオーガズムが、魂のように体内を駆け巡る感覚だとしたら、男のそれは、ただの“排泄”にすぎない。


科学的に見れば正しい。

神経の構造が違い、興奮の波が伝わる経路が異なる。


だが、理解すればするほど、その違いが残酷に感じられた。


女性は感じる。男は放つ。


たったそれだけの違いが、人の生を分ける深淵のように思えた。


その夜、彼は鏡の前に座り、自分の性器を眺めながら思った。


――この器官は、どれほど努力しても、  感じるという行為には届かないのだ。


白い液体が、静かにガラスの床に垂れた。

それは熱を失いながら、彼の内側にある冷たい理性を映し出していた。