私の手のひら ちいさいね この手のひらで なにができるだろう・・・・
この詞は20代の時に書いていました。自分の人生で一番辛かった頃です。
私は再婚です。 離婚して暫らくしてから、知り合った男性がいました。
相手も離婚経験者で、2年くらいつきあって、再婚しようかという話になり、
マンションも買いました。夜景の見える、あこがれのマンションでした。
でも、いよいよ、引越しという時に、彼にもうひとり彼女がいてその彼女が妊娠したと、
彼からつげられました。
その後のいきさつを話すと、長くなるので。
ともかく、私は子供と、買ったばかりのこれからローンを払わなければならない。
マンションに、置き去りにされました。当時マンションのローン12万円・・・
1ヶ月くらいは、どうしていいかわからず。ただ呆然としていました。
でも、働かなければいけません。生活と12万のローンの為に・・・そのころに こんな詩も書きました。
私の歩く後を 誰かがついてくる
サクサクと 砂の踏む音がするこの子らの為に
前を向いて 歩いていこう・・・
多分こんな感じ、もう昔なので正確には覚えていない。とにかく、
昼も夜も働きました。昼は「ヒルサロ」夜は「スナック」ヒルサロの営業時間は
午後1時から午後5時
一度 家に帰り、子供達の夕食をつくり一緒に食べてお風呂に入れて、
寝かす用意をしてから、スナックは 午後9時から午前1時。
両方で40万近く、収入を得ました。でも、心労でアレルギーはでるし、
胃炎はおこすしでも、へこたれるわけにはいかなかった。
夜、店が終わって帰ると、子供達は、眠っていて、
暗い部屋で、ベランダから夜景だけがきれいに見えた。
涙でにじむ夜景は地上に浮かぶ星のようだと、その時思った。
そして、今、この世界で泣いている人がどれだけいるのだろうと考えた、
そう思うと、ひとりぼっちじゃない気がして・・・そんな思いで、書いた詩でした。
それから、20年、書く事は好きだったけど、作詞をはじめるとは想像もしていなかった。
少し作詞をはじめた頃作詞を投稿するインターネットのサイトを見つけて、詞などを投稿していました。
それがいつか、みんなの夢をのせて、CDをつくろう・・・と、思うきっかけになり。
一揆に、CD化にむけての、夢が加速していった。
売れるCDをつくるのも大切だけど、みんなの夢を叶える事も私は大切なのです。
その為に、頑張ったのだから、みんなが、私に頑張る力を与えてくれた。
それぞれの夢をこめて、夏に2枚目のCDが発売されます。お金で夢だって、買える。
そんな殺伐とした、今の時代で、何が大切かを問いかけて
売れるか、売れないか、解からない歌を、子供みたいに無邪気に、信じてバカやってる。
そんな人達が、いてもいいのじゃないかなと思う。
http://railwalk.no-ip.com/~naniwa/ktejun.htm