映画を観るのは好きだけど、
一度観始めたら2時間かかるところがネックで毎年鑑賞数を増やせない。
ので、何かモチベーションになることができないかなと思って、レビューを公開してみることにした。

根暗なのでこれまでは誰に見せるわけでもなくアプリ内にちまちまレビューを書いていたけど、これからは1人じゃないぞ!
さっそく話題沸騰中の本作について、まずはあらすじから。ネタバレあります。


◼️あらすじ
全員失業中。日の光も、電波も弱い“半地下住宅”で暮らす貧しいキム一家。
大学受験に失敗し続けている長男ギウは、ある理由からエリート大学生の友達に家庭教師の仕事を紹介される。
エリート大学の学生であると身分を偽り訪れた先は、IT企業を経営するパク社長一家が暮らす“高台の大豪邸”。
思いもよらぬ高給の“就職先”を見つけたギウは、続けて美術家庭教師として妹ギジョンを紹介する。(一部公式サイトより)

もちろんこの「紹介」の連鎖は妹だけに留まらず、父が運転手に、母が家政婦になることでキム一家は全員が職を得ることに成功する。

そしてある晩、パク一家がキャンプに出かけた隙に、豪邸で「パラサイト成功」の祝杯をあげるキム一家。
しかしこの嵐の夜に突然現れた来訪者によって、キム一家はこの家に「パラサイト」しているのが自分たちだけではなかったことを知り……
と、ここから大きく物語が転換し、一気にラストまで駆け抜ける。


◼️おもしろポイント
この、キム一家が一人一人この家に取り入るのに成功していく過程がものすごく面白い。
キム一家のなんとも小狡い口の巧さ、あまりにも騙されやすすぎるパク一家(特に奥さん)。

テンポ感も良く、
うまくいき過ぎているが故の嫌な予感」もバッチリ醸されている。
上手に醸されすぎて、まだうまくいってるシーンのうちからそわそわしちゃった。

それから個人的には、キャスティングの自然さがいい味出してるなぁと思った。
全員、美しすぎず、醜すぎない
なんだかリアルで、
「ああ、この環境にいたら、こんな人になるかも。」
と思わせる説得力があった。

そして抜群のポイントは、
中盤からラストにかけての鬼の疾走感&ハラハラ感。

本当に鬼。ホラーゲームやってるみたいな気分だった。やったことないけど。
強ッッ烈な「なんかくるぞ感」に絶えず脅かされ、思わず隣にいた友達の手を握りまくってしまった。
これ一人で観てたら知らん人の手を握りかねない勢いだった。あぶない。
映画を観ていて寝てしまうタイプの人にもおすすめできる映画だなと思う。


◼️総評
さて、上述したようなこの映画の面白さというのは、どこから生まれたものなのか。
じっくりこの映画の感触を噛み締めて思うのは、コントラスト=対比が、非常にくっきりと、ぱりっと、気持ちよく効いているところだということ。

分かりやすいのは、貧富の差の象徴として描かれるキム一家とパク一家の対比だろう。

▽キム家。剥き出しのコンクリートが覗く壁に、蛍光灯の白い光が冷たく反射する

天井付近にしか窓がない「半地下」の集合住宅に住むキム一家と、
高台に位置する豪奢な屋敷に住むパク一家。
キム一家は常に薄暗く、パク一家はセンサー付の暖色照明で家人の居所は常に明るく照らされる。

▽この暖かい明かり、裕福さのシンボル感がすごい。
 そういえば今度レビューしようと思っている映画『JOKER』でも、照明による貧富の差の表現が顕著だった。

両家の貧富の差ひとつを表現するのにも、「高低差」「明暗差」など、シンプルかつ効果的にコントラストを生む演出が複数用いられ、
物語と相乗効果を発揮している。

これはほんの一例に過ぎず、たとえば両家(+1)の三者三様の「愛」の形も、絶妙な差別化がなされ描かれる。

映像(演出)と、設定と、ストーリーと、それぞれが活きて対比構造を生み出しているところが、
ユーモアとシリアスさのコントラストを生み、
それぞれの幸と不幸のコントラストを生み、
背景にある生い立ちのコントラストを生み、
見える世界のコントラストを引き立てる。
そこに本作の魅力があると感じた。


◼️雑感
上述した、見える世界のコントラストを描き出している映画が、個人的に大好物だ。

貧富の差や立場の違いを鮮やかに描いた作品の良いところは、
人によって見えている世界は全く異なっていて、人間は自分に見えていない世界のことにはとことん鈍感であると知らしめてくれるところ。

ここで急に盛大なネタバレになるが、
ラスト付近でキム家の父がパク社長に襲いかかる引き金となるのは、
パク社長が地下から出てきた男の「匂い」に顔を顰めたこと。
詳細は省くが、恐らくパク社長や夫人がその小さなきっかけを知ったとしても、決してお父さん(実は名前が思い出せていない)が犯行に至った理由を理解することはないだろう。
彼らにとってそれはあくまで「そんなこと」でしかない。それは悪いことではなく、人間とは、世界とは、そういうものだ。

貧困層と富裕層が互いに分かり合えないように、たとえば男と女も、たとえば年長者と若者も、そして人と人が、理解し合うことは、不可能ではないがものすごく難しいことなのだ。

それなのに、誰かと関われば関わるほど、社会に揉まれれば揉まれるほど、「相互理解」を強要され、「集団行動」を取らざるを得なくなり、
そもそも一人一人が違う世界を持っていることを、忘れてしまいがちだ。

だからこそ、自分には見えない、知らない世界があるのだと、立場や環境が変われば景色が全く違うのだと映画を通じて知ることには、大きな意味がある。
生きる希望そのものにすらなり得ると思う。

生きるのがつらいとき、何もかも忘れてしまいたいとき、自分に今見えている世界が全てではないと心から思えたら、そのことをきちんと知っていたら、なんとか頑張れたりする。

誰かを憎みそうになったとき、反対に愛しくてたまらないとき、盲目になるのではなくそれでも相手に見えている世界は自分のものとは違うのだときちんと認識していたら、そこに思いやりと優しさが生まれる余地がある。

映画『パラサイト 半地下の家族』は、
「自分の鈍感さ」を思い知らせてくれる映画であり、
その鈍感さによって見えていなかった世界に意識を向けさせてくれる、そんな作品だったんじゃないだろうか。


◼️まとめ
★★★★★ 5/5
好きなタイプの映画!観てよかった
あとギジョン役の子の顔もタイプだけどショートだと剛力彩芽にしか見えないので一生ロングでいてほしい
▽きゃわいい