いつもの旅と言えば温泉宿でぐうたらとくつろぐのが目的なのだが、
今回は宿以外のスポットを巡ることに主眼を置いたぶらり旅。
自宅を出て一般道から北関東道に入り、茨城町JCTから東関道へ。
鉾田ICで高速を降り進むこと20分、
今回のランチで伺ったのはこちらの寿美屋ドライブインさん。
一般的に思い浮かべるドライブインよりも小さく、どう見ても食堂の風情だな。
壁に掲げられたメニューは昭和の食堂そのもの。
開店直後に店内に入るもすでに4人組のガテン系ゲストがいらっしゃる。
テーブル席の他に小上がりの座敷もあって夜は宴会も出来そうな感じだ。
その後も続々と入店され、あっという間に店内はかなりの賑わい。
茨城県出身の磯山さやかさん、今と雰囲気違うけどキリッと凛々しい婦警姿。
カミナリの二人も同様に茨城県出身。
たくみ君は「鉾田の治安 守っぺよ!」と、茨城弁で地元である鉾田市に貢献。
テーブルに置いてあるメニュー表と睨めっこをしてオーダーします。
私がオーダーしたのは普段ではあり得ないメンチ定食。
主役である二枚のメンチカツの他にお新香、しらすおろし、冷奴の小鉢三種。
そのメンチカツは大きくはないが肉肉しくて美味い、好みのお味。
和芥子入りのタルタルソースが付いているのも高ポイント。
女房殿は軽めにラーメン、お新香付き。
大きめの海苔は今時だけどナルトにメンマ、チャーシューと、
基本素材を纏ったお姿は見るからに昭和のザ・ラーメン。
一人前のラーメンなので食べ切ることが出来ず、結局I/3は私の腹の中へ。
ドライブインを後にし訪れたのはこちら。
日本に24社ある神宮の一つ、鹿島神宮。
伊勢神宮、香取神宮と共に日本三大神宮と称される事が多い。
鹿島神宮境内案内図を見ると、とにかく敷地が広大だ。
その広さは東京ドーム15個分と言われている(そう言われてもピンと来ないけど)。
日本三大楼門の一つに数えられるこちらの楼門は令和の大改修の一環で、
現在工事が進行中とのことで残念な外観に。
今年の9月に行われる「式年大祭御船祭」に向けて作業が続けられています。
お守りやお札などをいただく授与所は新しくキレイだ。
授与所の中に掲示されていた式年大祭御船祭の説明。
その隣に御祭神である武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)の説明も並べられていた。
キレイに改修された拝殿で二拝二拍手一拝。
こちらは仮殿。
1618年に社殿造営のためこの仮殿に神様をお遷ししてから、
旧本殿を奥宮まで曳いていき、その跡地に新しい社殿を造営したそうだ。
その隣に建てられているのが摂社 高房社。
古くからまずここで参拝してから本宮を参拝するのが習わしなんだとか。
鬱蒼とした巨木に覆われ荘厳な雰囲気を醸す奥参道。
毎年5月1日にはここで流鏑馬神事が行われる。
参道を進んでゆくと鹿園の近くにさざれ石が祀られている。
その鹿園がこちら。
古くから鹿は神の使いとして大切にされてきたと言うことで、
広い敷地内で鹿たちがゆったりと飼育されている。
そう言えば鹿島アントラーズのエンブレムもこの鹿に由来しているんだった。
さらに奥へと進むと摂社 奥宮に辿り着いた。
こちらの御祭神こそが武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)です。
現在の社殿は1619年に新たな社殿建立にあたり、この場所に遷してきたもの。
奥宮の脇からさらに奥へと進んで行くと、大鯰の頭を押さえる武甕槌大神。
これは要石をイメージした石碑です。
さらに奥へと進んだところ、ここに祀られているのが要石。
地中深くまで埋まるこの要石が地震を起こす鯰の頭を抑えていると、
古くから伝えられています。
徳川光圀公がどこまで深く埋まっているのか確かめようと、
7日7晩に渡って掘らせたものの、いつまで経っても辿り着くことが出来なかったそうだ。
要石の傍らに「大地震に びくともせぬや 松の花」と言う、
小林一茶の句が掲示されている。
一度奥宮まで戻り長い下り坂を下りて行くと御手洗池に到着。
一日に40万リットル以上の湧水があり、その水は水底が見渡せるほど澄んでいる。
昔は参拝の前にここで禊をしたそうです。
御手洗池の正面にある参道を進むと末社 大黒社があります。
明治以降に鎮座された比較的新しい社で、
夏越祓の日に西瓜を供えて参拝する習わしがあるそうだ。
だらだら坂をヒーヒー言いながら奥宮まで戻ると瀞(トロム)と言うカフェがある。
最初はここでランチをいただくことも考えたのだが、
魅力的なドライブインを発見してしまったからね。
社務所まで戻り御朱印をいただき、その後授与所でお守りを購入。
大鳥居に向かっていると女房殿がたくさんの鳥居があることに気づいた。
近寄ってみるとそこは稲荷社。
大鳥居でお辞儀をして駐車場へ向かい次の場所へと進むことに。

































