昨日で31年か。
阪神淡路大震災ね。当時、カズシットは定時制高校に通っていたが、ノロか、インフルエンザで寝込んでて、休んでた。マンションの四階に住んでいたんだけど、めっちゃ揺れて、しかも、その時間が長く感じたんよなあ。テレビをつけたら、神戸の街が空襲にでも遭ったかのような、ひどい状態になってて、僕は、あの日に、人間の無力さを見せつけられたような気がする。もう、あれから、31年かよ。って事は、三十代以上の人にしか、分からない悲劇になっているワケか。これは、怖いな。
けどさ、今にして思えば、あの時代はひどい時代だったよね。地震の報道をするための、マスコミのヘリコプターが、上空を飛び回るため、瓦礫の下で助けを求める人の声が届かなかったり、家や家族を失った人に、インタビューしやがる無神経なヤツもいて、さすがに、マイクを向けた被災者にはシカトされて、自分も悲しいんです的に大泣きしたり。つーか、こいつに、そんな事をやらせてた奴らがアホやろ💢 学校では、一週間以内に同じ規模の地震が、和歌山で起こるって、デマを流して、喜んでるクソがいたり、関東の方では、被災地見学ツアーなんてものを、旅行会社が思いついて非難されていたり、とにかく、腐った人間が多かったのよ。それがさ、後に起こった、東北地方太平洋沖地震では、地震とは全く関係のない町でも、色んな行事を自粛するみたいな異常な状態になり、和歌山でも花見客がめっちゃ少なかったりしたんだよね。この差は何?って思ったね。もちろん、どちらの震災も、深刻な問題であるのは違いないが、この国民には、ジャストがないのか?って、マジで思うね。
まあ、和歌山も、そのうち、南海地震が起こるだろうと言われているけど、その対策って、実際、どこまで出来ているんだろうね? 願うのは、父亡き後にしてもらいたいね。ここまで頑張って来て、津波なんかに殺されたら、僕は、海が好きだとか言えなくなるわ。それだけは、もう、頼むわ。どうせ、和歌山県も、車椅子に乗った、100キロの自力で動けない人の避難方法までは1ミリも考えてないだろうし、父の性格上、自分は動きたくないって絶対言うし、母も、父から離れられないだろうから、そんな事になったら、僕は確実に闇堕ちすると思う。
んー、でも、だからこそ、今を、もっと大事にしないといけないのかもな。阪神大震災で被災した人の中には、いきなり、仕事をやめて、海外移住した人もいるそうだ。その人達は、多くの人間が一瞬にして、命を失う事態を体験しているから、そーゆー考えに至ったんだろうな。
31年前に、阪神淡路大震災が起こった1月17日、僕は、朝は、チャックベリーズのリハーサルで、夜は、オールドタイムに行ってました。このオールドタイムでのライブの話は、また書きますね。
