ブログ仲間に、ちょっといいコメントして、そーゆー気分だからよ、たまには、人の役に立つブログを書きたいもんだぜ。と、同時に、自分の事もカミングアウトする事にはなるんやけどね。
重い話をする前に、我が家で咲いている花をご覧ください。
カーネーションに、アジサイに、メダカの水草からも、白い花が(爆笑)
さて、重い話をしますよ。覚悟はいいかい? まあ、人それぞれに、過去というのはあるだろう。こんな生き方↓をしている僕も、
例外ではありません。そして、その過去というのは、恐らく、現在の僕を知る誰もが、信じられないかも知れない。カズシット、17歳の時の詩の一部が、これ↓です。
そう、カズシットは十代で、世の中に絶望していました。当時書いていた悪日記の一部です。
けど、これは、当時、自我に目覚めていたからこそ、書き残せたメッセージなんよね。僕の暗黒期は、もっと昔から続いている。たまたま!前を歩いていた女の子が転んで、突き飛ばしたと疑われた幼稚園時代に、自閉症となり、小学校、中学校と、毎日のように、ボコボコ。それが当たり前になっていた。高校時代に、そうじゃねぇだろ!と気づいた。不登校というのは、当時の僕にとっては、逃げるというより、闘いだった。そのまま、我慢して、卒業する事が許せなかった。
まあ、十代だから、発想は過激化する。病み具合も、エスカレートしていたけど、
被害者でいる事が敗北と感じられて、いつか、復讐してやるという思考に落ち着こうとしていた。
うーん。
けどね、当時はね、まだ、心の病っていうものに対する認知度は弱かった。学校に行けなくなった頃、父親には、常に、情けないと言われたし、忙しい仕事から帰って来て、今日も学校に行かなかった息子を見て、腹が立ったのだろう、お前が、この家の中をつまらなくしてるんやぞ!と怒鳴った事もあった。祖父母も家に来ては、学校に行くよう、僕を説得。馬鹿になったらいいんや、笑わせとけばいいんやと言ってたし、理解ある母でさえも、精神病院に、カズシットを受診させようとしていた。つまり、学校に行かない状態である僕が、普通ではなかったのが、平成時代。学校に行けなくなる環境じゃなくて、学校に行かない本人が悪とされた時代だった。だからこそ思うんだけど、今、そーゆー状態にある人は、絶対に、自分がおかしいと思ってはいけないって事。周りも、本人に、そう思わせてはならない。世の中の方がおかしい、世間の方が間違っている、俺以外は全部クソだという思考状態の方が寧ろいい。僕が、こーゆーのを書いていたのは、
きっと、自身を正当化しないと、壊れそうになったからだと思う。その後、僕は色んな人に会い、色んな考え方を学ぶ。その中に、人と比べて、どうとかぢゃなくて、自分がどうなのか?っていうのが大事だという言葉があった。つまり、幸福度を、人と比べる事で測定するのではなくて、今、自分自身が幸せか、どうかは、自分に問え!という事やね。とにかく、ポジティブでいる事がベストだと、今なら思う。僕は今でこそ、ポジティブ思考への切り替えが出来る人間となっているが、昔はネガティブだった。不登校時代もネガティブそのもので、こんなメモ書きも残っている。
あの当時は、学校という、クソみたいに狭い世界が全てだった。やっぱり、そういう時こそ、めちゃくちゃ広い世界の事を考えているくらいがいいよな。これから、やりたい事を、ただ、広い視野で、考えてみる。妄想でいい。僕は、妄想が現実になった人間やから。
一番大事なのは、自分を好きでいる事かな。いつも、自分が主人公だと思っていると、しんどい出来事に、直面して、そこは、負けたとしても、主人公は最後に勝つじゃん。って話。これでもか!ってゆー、ひどい仕打ちでも、その後の逆転勝利を何の根拠もなく信じていれば、100%そうはならなくても、そっちに、何歩も前進出来ます。自分を強く、大きく、最高に見せる。今は、AIもあるからな。この写真↑の元は、これ↓だし(爆笑)
周りから呆れられるくらい、自分を好きでいよう。結局、自分にとっての最大の味方は自分なんだから。まあ、この話とは別件になっちゃうけど、自分にとって、最大の敵も自分やな(爆笑) この世の中は、ドラマとか、映画みたいなもんで、自分というのは、その中の主人公だ。だから、どんな形であろうと、自分を諦めない限り、敗北はないと強く思います。やりたい事をやりましょう。
そして、十代の頃、スタンガンを欲しがっていた男は、今から、地域の溝掃除です。頑張って来ます。













