アートは、ポジティブだ。
例え、ネガティブが根底にあったとしても、人を感動させるから、結果的にはポジティブになる。
アイデアは無限大だ。これは、無理だろう!ってのは、アートにはない。そこに追いつけないにしても、そこに向かう過程の中で、新しい表現が生まれたりする。
アートは偉大だ。どんな権力者よりも、アーティストは尊い存在だ。なぜか? 簡単な話。権力者は何も生み出さない。生み出すのは憎しみと不満の連鎖。そして、自分と、自分の身内だけの富だ。奴らに人を感動させる事なんか出来ない。アーティストは違う。色んな階層の人、色んな立場の人が作品を見て、心を動かすから、アーティストは偉大だ。
アートには、言い訳がない。
失敗もない。失敗したとしても、また、それが、新しい形を形成したりする事もある。面白いよね。ルールがない。
世の中は、戦争が大流行だ。
権力者の私利私欲のために、普通に暮らしていた人達が、人殺しにされてゆく。権力者は、安全地帯で、手も汚さずに、『信長の野望』でも、プレイしている気分なんだろう。吐き気しかしない。
あーゆー悪人どもが、欲望のまま、人を操り、殺し合いをさせて、自分は英雄気取りだ。歴史の教科書には、太字で、登場する。ごめん、宮崎勤と大差ないけどな。いや、寧ろ、宮崎勤以下やけどね。トランプも、プーチンも、ゼレンスキーも、全員な。あーゆー悪魔どもに、何も罰を与えないという事は、神様も、もはや、絶滅したのかもな。
そんな最悪な人間(もはや、人間でもない)とは、まさに、真逆の位置にいるアート。アートは、奴らとは違って、人を不幸にしないからね。
カズシットは、こっち側の人間だと、自覚している。反差別主義だし、戦争については、完全なるアンチである。僕にとっては、プーチンも、ゼレンスキーも、トランプも要らねー。戦争を仕掛けたクソも、挑発に乗ってしまい、応戦したクソも、戦争というものに加担した時点で、悪なんだよ。僕は、クソみたいな権力者よりも、アーティストを尊敬する。権力者は、尊敬にするに値しない。人生からの退場を願う。そして、本日のブログの写真は、モコモコミュージアムで撮影したものです。






