はい、ライブ終了しました。お疲れ様でした。あ、自分にな。ライブについての話は、また、後日にしますね。
ポエトリーリーディング・ライブで、本格的にステージに立って、今年で二十年になるんよね。早いもんだぜ。キッカケは、桜の下でのファックな恋だったぜ。→遠い目(爆笑)
今でこそ、花見ネタで、こんな動画作ったりしてるけど、しばらく、桜を見ると、その事を思い出したもん。20年前の、あの花見は、僕を完全におかしくしていたよな。あの日、ある女友達を、仲間内の花見に連れて来たんだ。すると、彼女は酔っ払って、その中の一人とイチャイチャし始めて、僕は、その時、初めて、彼女の事が好きだったんだと気づいた。そこからは、もう、終わっていたよ。涙が止まらなくて、仕事中だろうが、散歩中だろうが、関係なかった。あんなに泣いたのは、子供時代以来だよ。結局、その女友達には、告白して、玉砕した(爆笑) あの当時は、本気だったからさ、その失恋も、しつこく、後を引いていたね。だから、悪い酒に溺れるようになった。酒を飲んではトラブルを起こしたり、常に拳が血に染まっていたよ。電柱とか、壁を殴っては、血を出して喜んでいた。一種の自傷癖かな。くだらねぇわ。ポエトリーリーディング・ライブの話があったのは、その頃だった。当時、アマギンってパンクバンドがあって、そこのベーシストだった仰さんが、オールドタイムで働いていたんだよ。カズシット救済計画として、僕をステージに立たせたのは、仰さんだ。僕が詩を書いていた事を知っていた仰さんは、詩をステージでやれよと言った。三代目魚武濱田成夫さんのようなスタイルで、カズシットをデビューさせようと考えていたそうだ。カズシット、当時、29歳。パンクロッカーとしては遅いステージデビューだった。ポエトリーリーディング活動は、様々な可能性を広げた。即興ノイズバンドをやったり、メタルバンドと一緒にやったり。今、ザキ君とやっているイーヴィル・ノイゼスは、その延長線にある。
コロナ禍があったり、ロシアとウクライナの戦争が起きたりして、こんな時に詩を書いても、ネガティブなヤツしか出来ない!と判断し、僕は、ポエトリーリーディングを封印して、怪談師となった。つまり、昨日、その封印を破ったという事やね。けど、こーゆー時こそ、自分の叫びたい事を叫ぶのが、真の詩人だと思うし、この封印は破って良かったよ。昨日は、いいライブが出来た。それは間違いないね。
20年前に、一部からは、キ○ガイ扱いされていた表現だけど、今は、また、空気も変わって来たと思う。あの当時は、まだ、手探りの状態だったし、戸惑っていたし、自信というものがなかったから、人の評価に流されやすかった。天才と言われたり、キ○ガイと言われたり。いちいち、それを、受け止めるくらいに、まだ、自分をしっかり確立出来ていなかったんよな、今は違うよ。あの頃みたいに、俺は天才だ!と自分自身に言い聞かせる必要もないワケ。表現者として、表現を楽しんでいる。それでいいぢゃん。
今日の一曲。
最近さ、カズシット、こーゆーカッコ↓が多いんまけど、それが原因で、声かけられる事がよくあるんだよね。
もう、昔から、このカッコしてんのに、何で、今更?って感じだよね。戦争大好き人間と思われているのか?🤣 まあ、逆やけどね。このカッコは、戦争をおちょくってます🤣 僕、パンクやからね。


