あのさ、人に何かしてもらったら、まず、その人に感謝するのが、人間としては、当たり前の事だよね。そこまでしてくれている人に対して、声を荒げたりする事など、あってはならないですよね。そういう人って、人間でしょうか? 昔、ダンボールに閉じ込められていた仔猫達がいました。カズシット、箱を開けてやりました。つまり、猫を助けたのです。その瞬間、仔猫の一匹から、一撃を喰らわされました。何とか、避けたので、怪我はしませんでしたけど、仔猫は、自分が助けられたと感じなかったのでしょう。まあ、動物だから仕方がないね。けど、ちゃんと、手助けをしてもらっているという認識がありながら、それでも、暴言を吐いたり、偉そうな態度に出たりする人って、何なのでしょう? 少なくとも、正気な人間ではありませんよね。僕の言っている事に、間違いがありますか? じゃあ、どうすればいいのでしょう? 正解は何でしょうか? 仔猫なんかぢゃなく、僕に、人生というのを教えてくれた立派な大人に、そーゆー事は言ってはいけませんよ❗️と怒るのか? まあ、怒っていますけど(笑)、その時の僕って、悪い事をしている人を怒ってやったんだ❗️という気持ちになると思います? 正義は我にあり!と、胸を張れると思います? とんでもないわ。ズタズタだわ。色々と昔を思い出して、死にそうになるわ。とくに、出勤前に、それがあった時なんか、通勤途中に、車にでもはねられて、死んでくれ、俺!と、マジで思ったりします。僕が見せられているのは何だろうか? 年を取ったら、みんな、そうなるって言うなら、ザ・フーの『マイ・ジェネレーション』のように、年取る前に死んでやるのが、正しいのか? 明らかに、幸福になってないよな。自分を犠牲にして、家族のために働いて来て、その末路が、それですか? 何だよ、人生って。尾崎豊みたいに、俺たちは何のために生きているのか?って、問いかけたくなるね。激しい雨に打たれながら(笑)
今日の一曲です。
僕は幸せだと思うよ。まあ、結婚はしてないから、愛する妻子はいないけど、僕は、仕事だけに終始するような人生を生きていないからね。そう、人としては当たり前の事だけど、多くの人間が押し殺している事、つまり、やりたい事をやるってゆー生き方が出来ているから、僕は、幸せだと思う。けど、この1ミリでも、父には味わってほしかったと思う。本当の幸せって、テレビの中にあるもんぢゃないって。クソみたいな権力者が自分達が美味しい思いをするために築き上げた、この素晴らしい国で、てめーらは、酒でも飲んで、テレビでも眺められたら、それで幸せだろう?と押し付けられた幸福を、そのまま、受け入れて、人生を送って来た、たくさんの人々は、やはり、犠牲者だと思うよ。きっと、そうだ。
